新進の名手・大瀧拓哉が現代音楽の傑作を新たな次元へ

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 「高橋悠治さんが弾いたジェフスキの『不屈の民』変奏曲のCDを大学生の頃に聴いて、まさに雷が落ちるような衝撃を受けたんです!」

 この出会いをきっかけに現代音楽を深く学ぼうとドイツのシュトゥットガルト音楽演劇大学大学院に留学した大瀧拓哉。リゲティ等を得意とする名手トーマス・ヘルに師事した。

 「ヘル先生からはリゲティだけでなく、シェーンベルクやウェーベルンといった現代音楽における古典を習いました。その後、アンサンブル・モデルン・アカデミーやパリ国立高等音楽院でも学んだのですが、そのなかで感じるようになったのは、現代音楽って自由そうにみえるけれど実際は伝統への意識がとても強いということです」

 その意識は練習の段階から表れていると語る。

 「それこそヘル先生自身がものすごく緻密に組み立てていかれる方で、リゲティのように超絶技巧が必要な楽曲であっても、バッハのように声部ごとに取り出して練習されていたことに衝撃を受けました。良い意味で特別扱いすることなく現代音楽も誠実に向かい合えば良いんだという学びは、今も自分の指針になっています」

 留学中の目標を達成した大瀧は帰国。長年憧れだった「不屈の民」変奏曲だけではすでに多くの録音があるため、同じジェフスキを代表する作品の「ノース・アメリカン・バラード」を、比較的よく知られた第1〜4番だけでなく、演奏・録音機会の少ない第5番、第6番まで収録するというアイディアを思いつく。チェンバロで録音された第6番もインパクト大だが、筆舌に尽くしがたい聴覚体験をさせてくれるのが第5番「終身刑の男はやり切れない」だ。

 「アメリカ南部の黒人の囚人による作業歌をもとにした第5番は人間の愚かさと残酷さ、こんな酷い歴史があったことを突きつける、内臓を抉ってくるような音楽です。受刑者の足に繋がれた鎖の音を取り入れるなどしているので、解説を読んでいただくと理解がより深まると思います」

 権力者からの圧政に抗う「不屈の民」変奏曲も、歴代の名盤を上回るような決定盤と呼ぶに相応しい仕上がり。

 「演奏時間の長い作品なのでなるべく表現の幅をもたせたいし、作品に含まれる色んな要素をもっと際立たせる演奏が出来るんじゃないかと考えたんです。これがジェフスキのスタイルだと固めるのではなく、多様なスタイルを共存させて際立たせようとしました」

 その結果、スタイルが細かに入れ替わる終盤の面白みがグッと引き立ち、そのあとに控える最後の即興演奏でも敢えて超絶技巧とは異なる表現をとることで引き込まれてしまう……。若手ピアニストを熱心に追いかけるファン層にも広く聴かれてほしい、圧倒的な名演の誕生だ。
取材・文:小室敬幸
(ぶらあぼ2024年12月号より)

CDアルバムリリース記念 大瀧拓哉 ピアノ・リサイタル
2025.2/15(土)14:00 ベヒシュタイン・セントラム東京
問:東京コンサーツ03-3200-9755
https://www.tokyo-concerts.co.jp