カーチュン・ウォン&日本フィル 12月東京定期リハーサルを取材!
取材・文:林 昌英
都内の楽団の中でいま最も熱い変貌を遂げているのは、日本フィルハーモニー交響楽団ではないだろうか。その中心にいるのはカーチュン・ウォン。2021年から首席客演指揮者を務め、共演の度に成果を出し続けてきた彼が、今秋から首席指揮者に就任。オーケストラの表現力と表現意欲がさらに増して、聴衆の絶賛と驚きを生み出している。
その成果が顕著に表れたのが、首席指揮者就任披露公演でもあった10月東京定期演奏会でのマーラーの交響曲第3番。完璧なコントロールで日本フィルから新しいサウンドを引き出し、パワフルな大音響も繊細な弱音もあらゆる音色が熱く美しく、説得力抜群、感情にも訴える演奏でマーラーの精髄に迫り、会場が大きな感動と興奮に包まれた。彼らの今後に期待が膨らむどころか、早くも伝説的公演といっても過言ではないほどの成果が実現したのである。
聴きなれた名曲でも新しい発見があり、なじみの薄い演目でも聴く喜びを得られるのがカーチュン&日本フィル。この12月東京定期は、そういった彼らの特長が凝縮されている。外山雄三「交響詩『まつら』」は、今年亡くなった外山を追悼する選曲となり、“日本フィルの恒例行事である九州ツアーに深くゆかりのある作品”でもある。伊福部昭「オーケストラとマリンバのための『ラウダ・コンチェルタータ』」は、彼の代表的な傑作のひとつで、マリンバとオーケストラが生み出す興奮は比類がない。伊福部に定期的に取り組むなど、邦人作品に積極的なカーチュンならではの2曲だ。
そしてメイン曲はショスタコーヴィチの交響曲第5番。この演奏会は当初、桂冠指揮者アレクサンドル・ラザレフが登壇する予定だったが、ロシアのウクライナ侵攻以来、来日が実現できない残念な情勢が続く。代わりを受けたカーチュンは、ラザレフの代表的レパートリーであるショスタコーヴィチを取り上げることで、ラザレフへの思いと敬意を示した。
今回取材したリハーサルは、3回のリハーサルの初日。就任披露記者会見で「初日のリハーサルというのは、一番大変な1日」と語っていたカーチュン。この日はショスタコーヴィチに集中する。リハーサル前にあいさつしたマエストロは、イメージ通りのフレンドリーな笑顔で快活そのもの。
カーチュンのリハーサルの進め方は、最初に楽章を通してから、冒頭に戻って細かく調整していくというもの。指揮姿のみでも音楽自体を精緻に表現できるバトンテクニックをもつだけに、最初の通しから十分に見事な演奏になる。
しかし、返してからの練習の細かさが意外なほどのレベルで、さまざまな指摘や提案をしながら何度でも繰り返していく。例えばこの日の第1楽章では、冒頭6小節だけで10分以上使うというかなりの念の入れかた。その妥協のなさはラザレフの厳しいリハーサルを思い起こさせる。もちろん両者のキャラクターは全然違うものの、理想の演奏を作り上げるための情熱の強さには通じるものがある。
指摘内容は的確そのもので、彼の思い描く表現を具現化するためのアイディアも豊富。例えば弦楽器に「緊張感」が欲しい場合、定石通りにヴィブラートを無くす場面もあれば、雑音の混じる奏法を提案したり、逆に柔らかい音の出る奏法と速いヴィブラートを合わせることで緊張感を演出する場面も。指揮者に確固たるイメージとそれを実現するためのアイディアがしっかりあることで、楽団員も納得して努力しやすい。管楽器セクションからも無理なく伸びやかな音を引き出しながら、独特の解釈やバランスの設定により、初めて聴くかのような響きが何度も聴こえてきた。
他にも、実際に通常と違う音が加わる箇所もあるし、ボウイングを半分ずつ逆にしてみたり、慣例とは違う奏法で新しい表現を追求するなどさまざまな工夫で、聴き慣れたショスタコーヴィチの5番が洗い直されていく。殊に第3楽章、3パートに分かれるヴァイオリンの分け方は前代未聞のもので、その手があるのか! と驚かされた。「星の輝くようなイメージ」と語っていたが、実際にどうなるかは会場でご確認いただき、新鮮な聴こえ方と視覚の効果を楽しんでほしい。
ラザレフへの思いも重ねながら、それを超えるようなショスタコーヴィチを。そして日本フィルの伝統的な柱でもある邦人作品を。カーチュン自身も本公演へのインタビューで「今回のプログラムは、これぞ日本フィルと言うべきもの。オーケストラの伝統や持ち味が存分に堪能できるはず」と語り、楽団への配慮と自信のほどをみせている。マリンバの代表的名手である池上英樹の名技による伊福部作品と共に、忘れがたい演奏会になるだろう。
最後にカーチュンは自ら、10月のマーラー3番の名演がまさに“伝説”とまで称えられていることに触れて、「その水準を毎回実現したい、もっと高みを目指したい」という旨の、“檄”というべき熱いメッセージを伝えていた。その高邁な理想を追求する旅程に立ち会えることの喜び。やはり“いま”最も熱いコンビだ。
【Information】
第756回東京定期演奏会
2023.12/8(金)19:00 サントリーホール
12/9(土)14:00 サントリーホール
出演/
指揮:カーチュン・ウォン[首席指揮者]
マリンバ:池上英樹
曲目/
外山雄三:交響詩《まつら》
伊福部昭:オーケストラとマリンバのための《ラウダ・コンチェルタータ》
ショスタコーヴィチ:交響曲第5番 ニ短調 op.47
問 日本フィル・サービスセンター03-5378-5911
https://japanphil.or.jp