オープニングコンサートでは川口成彦が藤倉大の新作を初演
2018年にワルシャワで第1回が開催されたショパン国際ピリオド楽器コンクール。日本のフォルテピアノ奏者、川口成彦が第2位に入賞したことで、国内でも大きな話題を呼んだが、今年秋、5年ぶりに第2回が開催される。このたび、コンクールを運営するポーランド国立フリデリク・ショパン研究所(NIFC)のアルトゥル・シュクレネル所長らスタッフが来日し、第1回の優勝者トマシュ・リッテルや川口も参加して、6月9日、都内で記者会見が行われた。
第2回の会期は、2023年10月5日から15日まで。同じNIFCが実施している本家のショパンコンクールと同じワルシャワ国立フィルハーモニー・ホールが舞台となる。審査員には、アンドレアス・シュタイアー、パオロ・ジャコメッティ、トビアス・コッホといったピリオド楽器のスペシャリストたちに加え、ヤヌシュ・オレイニチャク、エヴァ・ポブウォツカらショパン演奏の大御所たちが名を連ねる。チェコを代表するピリオド・オーケストラ「コレギウム1704」の指揮者であるヴァーツラフ・ルクスの参画も注目だ。
◎スケジュール
本大会の審査は、1次予選、2次予選、ファイナルの3つのステージで構成される。
2023.10/5(木) オープニングコンサート(ワルシャワ国立フィルハーモニー コンサートホール)
10/6(金)〜10/8(日) 第1ステージ(ワルシャワ国立フィルハーモニー 室内楽ホール)
10/10(火)〜10/11(水) 第2ステージ(ワルシャワ国立フィルハーモニー 室内楽ホール)15名
10/13(金)〜10/14(土) ファイナル(ワルシャワ国立フィルハーモニー コンサートホール)6名
10/15(日) 入賞者記念コンサート(ワルシャワ国立フィルハーモニー コンサートホール)
NIFCが、21世紀に入ってからショパンの時代を中心とするフォルテピアノの収集に力を入れていることや、世界的なHIP(Historically Informed Performence 歴史的知識にもとづく演奏)への関心の高まりを背景に、「ショパンの音楽の本来の響きを取り戻すことを目指す」ものとして、当コンクールは設立された。第1回は、ピリオド楽器の演奏経験が少ない出場者も散見され、玉石混淆と言わざるを得ない面もあったが、上位入賞者たちのその後の活躍も相まって、古楽系の登竜門のなかでも、今や最も注目度の高いコンクールのひとつになった。
前回の感想を尋ねられたリッテルは、「とても良い思い出」と笑顔をみせ、印象に残ったこととして、楽器選択のことを挙げた。
「ほかのコンクールとは違う未知の雰囲気を感じました。特に、楽器選択に難しさを感じました。ピリオド楽器はそれぞれの個性が異なるので、楽器を選択した時点で音楽性の大部分が決まるような気がしていました。審査員にとっても、聴衆にとっても、何が優れているのか、単純に評価することは難しかったのではないかと思います。聴き手にとっては、モダンピアノの演奏とは違って、この奏者はなぜこの楽器を選んだのか、なぜこのような奏法をするのか、というところも含めて考えるきっかけを与えられた機会でもあったと思います」
川口は、東京藝術大学やアムステルダムの音楽院で古楽器を勉強してきた中で、主にモーツァルトなど18世紀の作曲家にフォーカスしていたのが、5年前のコンクールを契機に大きな変化があったという。
「このコンクールをきっかけに、ロマン派を集中的に勉強する貴重な機会になって、それが僕の人生においてすごく良いターニングポイントにもなりました。ロマン派をピリオド楽器で演奏するという大きな門を開いてくれた機会でした。当初、モダンピアノのショパンコンクールのような雰囲気をイメージをしていたのですが、(実際には)僕がそれまで体験してきた古楽器の世界のような、なごやかな雰囲気がありました。コンクールをきっかけに、初めて古楽器の触れる人も多くいたようで、まさに若い人たちに古楽器への興味を与えてくれる大きなきっかけになったのではないかと思います。すごく嬉しかったのは、18世紀オーケストラと共演できたこと。夢のような機会でした」
今回、22ヶ国から84名の応募があったが、コンクール・プロデューサーのヨアンナ・ボクシュチャニンによれば、そのうち最も多かったのが日本で、23名にのぼったという。次いでポーランドが15名、そのほかイタリア、中国、スペイン、オーストリア、フランス、南アフリカ、ニュージランド、イスラエルなどから応募があった。DVD審査(J.S.バッハとショパンの作品)を経て、7月初め頃に10月の大会への参加者が発表される。
コンクールで使用される楽器は、NIFCが所有する楽器を中心に、さまざまなフォルテピアノが用意され、出場者は選択することができる。個体差が大きいだけに、それぞれのピアニストの選択が注目される。
◎コンクールで使用される主なピアノ
グラーフ(1819年頃 ウィーン)の複製(ポール・マクナルティ製作 2007年)
ブッフホルツ(1825〜26年頃 ワルシャワ)の複製(ポール・マクナルティ製作 2017年)
エラール(1838年 パリ)
エラール(1849年頃 パリ)
ブロードウッド(1843年 ロンドン)
プレイエル(1854年頃 パリ)
エラール(1858年 パリ)
(会見当日配布資料より。第2回コンクールでコンテスタントに提供されるNIFC所蔵楽器として紹介されています)
課題曲概要は以下の通り。カロル・クルピンスキ、マリア・シマノフスカといったショパン以外のポーランドの作曲家の作品が含まれているのも大きな特徴。コンクールを通じて、知られざるこれらの作品に光を当てようとするNIFCの意図も感じられる選曲となっている。
★第1ステージ 1st Stage
*バッハ:「平均律クラヴィーア曲集」より任意の〈前奏曲とフーガ〉1曲
*モーツァルト:幻想曲ニ短調」KV397またはロンド イ短調 KV511
*ショパン:初期のポロネーズ(変イ長調[遺作]、嬰ト短調[遺作]、変ロ短調[遺作]、ニ短調 op.71-1、変ロ長調 op.71-2、ヘ短調 op.71-3)より任意の1曲
*以下に挙げるポロネーズ作品より任意の1曲
カロル・クルピンスキ:ポロネーズ ニ短調、ポロネーズ ト短調
ユゼフ・エルスネル:ポロネーズ 変ロ長調、ポロネーズ 変ホ長調
ミハウ・クレオファス・オギンスキ:ポロネーズ イ短調「祖国への別れ」、ポロネーズ ニ短調
マリア・シマノフスカ:ポロネーズ ヘ短調ショパン:
*以下に挙げる作品より任意の1曲
バラード ト短調 op.23
バラード ヘ長調 op.38
バラード 変イ長調 op.47
バラード ヘ短調 op.52
舟歌 嬰ヘ長調 op.60
★第2ステージ 2nd Stage
ショパン:
*以下に挙げる「マズルカ集」から任意の作品番号のマズルカ全曲
op.17, op.24, op.300, op.33, op.41, op.50, op.56, op.59
*以下に挙げる「ワルツ」より任意の1曲
変ホ長調 op.18、変イ長調 op.34、変イ長調 op.42
*以下に挙げる「ソナタ」より任意の1曲:
ソナタ ハ短調 op.4、ソナタ 変ロ短調 op.35、ソナタ ロ短調 op.58
★ファイナル Final
*ショパン:ピアノ協奏曲 ホ短調 op.11またはピアノ協奏曲 ヘ短調 op.21、または以下に挙げる作品から2曲
モーツァルトの歌劇《ドン・ジョヴァンニ》より〈ラ・チ・ダレム・ラ・マーノ〉の主題による変奏曲 変ロ長調
ポーランドの歌による幻想曲 イ長調 op.13
ロンド・ア・ラ・クラコヴィアク ヘ長調 op.14
ファイナルの協奏曲では、6名のファイナリストが審査員の一人でもあるヴァーツラフ・ルクス指揮による{oh!} オルキェストラと共演。入賞者には、コンサートツアー(日本ではバッハ・コレギウム・ジャパンとの共演)も予定されている。コンクール期間中は、YouTubeや公式サイトを通じてライブ配信も行われる。
開幕に先立ち、10月5日にはオープニングコンサートがおこなわれ、藤倉大によるフォルテピアノのための新作を川口が演奏する予定とのことで、こちらも注目の公演となる。
第1回のコンクールでは、ショパンの時代の演奏習慣に倣って、楽譜にはないさまざまな即興的な試みをおこなった出場者がみられた。会見時の質疑応答で、作品に入る前の導入的な前奏や作品と作品のあいだをつなぐようなパッセージが演奏された場合、それらが審査の対象になるのかという質問があり、それに対し、NIFCのアルトゥル・シュクレネル所長は「即興的な演奏は認められます。聴衆にとってはそうした演奏に音楽性を見出すことはあるかもしれませんが、ただ、その部分は審査の対象にはなりません」と明言。しかし、即興的な試みや奏者のオリジナリティが表れる装飾は、いわばピリオド楽器による演奏の本質的な姿勢とも言え、審査にまったく影響を及ぼさないということは実質的には考えにくいようにも思われる。また、歴史的な演奏習慣に精通したピアニストが評価される場であるべきだという議論も生じるかもしれない。
審査にあたっては、いわゆる古楽系の審査員とモダンピアノを中心に演奏する審査員のあいだで、評価の基準についていかにしてコンセンサスをとっていくのかが、最も大きな課題になると想像される。ショパンの作品が誕生した時代の楽器の特性を鑑み、さまざまな研究成果も踏まえたうえで、作品の解釈をどのように考えていくのか、その視座を確立していくことが(本家のショパンコンクールとは別に創設された)当コンクールの目的のひとつでもある。回を重ねるごとに、そうした面での議論が深まっていくことを期待したい。
取材・文・写真:編集部
International Chopin Piano Competition on Period Instruments
https://iccpi.pl/en/2023/