INTERVIEW 神谷悠生(ピアノ) 

敬愛するラヴェルの作品を中心とした色彩豊かなプログラム

神谷悠生 撮影:Ryu Matsuda

取材・文:真嶋雄大

 新進気鋭のピアニスト、神谷悠生がデビューCD『RAVEL & FALLA』をリリースする。ラヴェル「前奏曲」「ソナチネ」「亡き王女のためのパヴァーヌ」「夜のガスパール」、そしてファリャ「火祭りの踊り」「スペイン舞曲第1番」。

「軸となっているのはラヴェルで、録音するならまずラヴェルをと思っていました。というのは、自分の耳や身体の感覚が、ラヴェルとすごく親和性が高いのを以前から感じていたからです。また幸い、プロデューサーの内藤さんからも“ラヴェルを”というお言葉を戴いたこともあるのですが、録音するにあたって僕が一番重視したのが、楽器とホールです。いろいろご相談をしたところ、北海道に川岸秀樹さんというすばらしい調律師さんがいると教えていただき、事前にお伺いしたんです。そこで僕の演奏の方向性を聴いてもらい、小樽マリンホールならということになりました」
 実際に同ホールのピアノを試弾してみるとラヴェルとの親和性もきわめて高く、そこで収録することに決め、プログラムにアクセントをつけるため、ラヴェルのルーツであるスペイン音楽のエッセンスを採り込みたいと考えたという。神谷はラヴェルの音楽性のどこに親和性を抱いたのか。
「僕の持っている音って、かなり明るめで硬質なんです。また僕自身、ガラス細工のような音がすごく好きで、そういう音作りを自分としても目指しているので、ラヴェルの音楽は自分に合っているのではないかと感じています」

 そのラヴェルの数多いピアノ独奏曲のなかでも、この4曲を選んだ理由は?
「『夜のガスパール』をメインに考えました。ベルトランの詩を題材にしたストーリー性のある作品で、ラヴェルの中でも特異な触感があります。加えてスペイン的な要素を持つ、マルガリータ王女のエピソードがあり、広く知られている『亡き王女のためのパヴァーヌ』、また『ソナチネ』は僕が中学生の時、最初に弾いたラヴェルであり、とても好きな作品。古典的というか回顧的というか、他のラヴェル作品とも異なる創作をしています。『前奏曲』は、当初予定していなかったのですが、内藤さんのご提案で、アルバムの幕開けに相応しいかと…」
 「前奏曲」は1913年、ラヴェルがパリ国立高等音楽院の初見演奏試験のために作曲したわずか27小節の瀟洒な小品である。では、「夜のガスパール」についてはどんな表現を試みたのであろうか。
「ラヴェルの作品の中でも少々異端だと思うんです。ベルトラン自身がシュールレアリスム的な世界を描いていることもあって、より幻想性が高いと思いますし、他の収録曲とのコントラストも意識しました」

神谷悠生 撮影:Ryu Matsuda

 録音に使用したピアノはスタインウェイ。きわめて響きの良いピアノで、音自体が混濁することなく、屹立しつつ調和するという優れた楽器の上に、調律の見事さで比類ないグレードに仕上がっていたのだという。一方で、ラヴェルが作曲当時親しんだエラールの響きを体験するため、神谷はわざわざ京都のあるピアノ工房を訪ね、1927年製のエラールに触れたほどの勉強家でもある。いわゆるモダン・ピアノとはまったく異なるアクションや響き、そこから生み出される奏法を目の当たりにし、いずれはエラールでラヴェルの録音をと意気込む。

 今回のアルバムでラヴェルとともに収録したのは、ファリャの「火祭りの踊り」と「スペイン舞曲第1番」。
「カップリングを考えた時、エピソードとして合致する作曲家は、例えばシャブリエなど他にもいると思います。でも、今回は“ピアノの音ありき”でCDの方向性を考えたんです。ファリャというと熱い音楽という印象を持つ人が多いと思うのですが、ファリャを弾いていて感じるのは、確かに熱さはあるけれど、どこか客観的なんです。つまり自分の中から沸き出てきたというより、熱さそのものを客観視している気がするんです。ですので、音楽を俯瞰して捉える視点がラヴェルと似ているなと思ったし、また収録に用いたピアノとも相性がピッタリでした」

 神谷は、繊細な叙情表現や精妙に移り行く心象風景とダイナミズムが同居するピアニストである。アルバムには、人間の感情や内省がきめ細やかに移ろっていく情感や、ラヴェルが意図したであろう心情が鮮やかに彫琢されており、また特有の運動性や透明な色彩感は、ラヴェルへの深い共感を窺わせる。なによりラヴェルが持つフレーズの音型と和声の色彩観がフレキシブルに変容していく様は立体的で奥深く、秀逸だ。

 神谷は、1994年生まれ。幼少期、父親の仕事の関係でインドネシアに渡り、数年後に帰国。6歳からピアノをはじめた。桐朋女子高校(男女共学)、桐朋学園大学、同大学院に学び、第82回日本音楽コンクール(2013)に入選するなど内外のコンクールにも上位入賞を果たし、現在はベルリン芸術大学で研鑽に励む。

 CDリリースは12月3日の予定だが、11月29日、王子ホールでのCD発売記念リサイタルでは先行販売されるという。リサイタルでのプログラムは、アルバムに収録されたラヴェルに加え、ドビュッシー「映像第2集」、セヴラック「祭り」などが並ぶ。
「ドビュッシーはアジアン・テイストをも採り入れていました。1900年のパリ万博でガムラン音楽にも触れて作品に投影しましたが、『映像第2集』の〈そして月は廃寺に落ちる〉はカンボジアのアンコール・ワットをイメージしたもの。僕のルーツからしてもインドネシアのボロブドゥール遺跡を思い浮かべますし、とてもシンパシーを感じるんです。他にも興味のあることはたくさんあります。今後も深く探究を続けていきたいと思っています」

 理知的な側面も携えた神谷悠生、今後の活躍が大いに期待される。

神谷悠生 ピアノリサイタル CD『RAVEL & FALLA』発売記念
2021.11/29(月)19:00 王子ホール


♪ラヴェル:夜のガスパール
♪ラヴェル:ソナチネ
♪ドビュッシー:映像第2集
♪セヴラック:祭り〜ピュイセルダの思い出 他

問 おふぃすベガ0798-53-4556

神谷悠生 Yuki Kamiya
1994年生まれ。神奈川県出身。6歳よりピアノを始める。桐朋学園大学大学院音楽研究科修士課程を修了。これまでに音楽理論を内藤晃、指揮を梅田俊明、ピアノを大嶋郁子、徳丸聰子、水谷稚佳子、中井恒仁の各氏に師事。第82回日本音楽コンクール入賞。ソリストとして東京交響楽団、モーツァルトシンフォニーオーケストラ、桐朋学園大学オーケストラ等と共演。JTが育てるアンサンブルシリーズ、カワイ表参道を始めとした各地でのリサイタル、四月は君の嘘クラシックコンサート全国ツアーにソリストとして帯同、フィギュアスケートTVクラシックコンサート出演等全国各地での演奏会に出演。「令和二年度小学6年音楽教科書教材用演奏動画」の演奏を担当。またBSフジ 「世界の音楽ハロー!クラシック」、NHK-FM「リサイタル・ノヴァ」への出演等メディアへの出演も行なっている。現在ベルリン芸術大学修士課程在学中。ビョルン・レーマン氏に師事。
Twitter @dolce_kamiya

神谷悠生 『RAVEL & FALLA』

CD
YUKI KAMIYA RAVEL & FALLA/神谷悠生
sonorité SNRT2103 ¥3,080(税込)
販売元:ナクソス・ジャパン株式会社
ラヴェル:前奏曲
ラヴェル:ソナチネ
ラヴェル:亡き王女のためのパヴァーヌ
ラヴェル:夜のガスパール
ファリャ:火祭りの踊り、
ファリャ:スペイン舞曲第1番

Producer & Director 内藤 晃
Co-producer & Piano Technician 川岸秀樹
Recording & Mixing Engineer 加賀谷昭仁
Mastering Engineer 夷石徳男
2021.9/6〜8 小樽マリンホールにおけるセッション録音