INTERVIEW ロバート キャンベル(クラシック・キャラバン2021アンバサダー)

人生の節目ごと、必ず音楽がありました
~「クラシック・キャラバン2021」プロジェクト・アンバサダーに聞く

取材・文:池田卓夫

 日本クラシック音楽事業協会が文化庁の支援で立ち上げた業界横断の全国公演ツアー「クラシック・キャラバン2021」が9月3日の沖縄県を皮切りに始まり、各地で開催が進行中だ。俳優の壇ふみとともにプロジェクト・アンバサダーを務める早稲田大学特命教授(日本文学者)のロバート キャンベルに音楽への思い、キャラバンに対する期待を聞いた。

クラシック・キャラバン2021「華麗なるガラ・コンサート」の模様(9月15日、東京芸術劇場)
(c)堀田力丸

サンフランシスコ時代はフルートに熱中

── キャンベルさんと音楽の出会いはどのようなものだったのでしょう。

 私はニューヨークの下町ブロンクス生まれですが、祖父母はアイルランドからの移民です。祖父は地下鉄の運転士をしながら、たくさんアイルランド音楽のSP盤を収集。夜になって酒を飲みながら歌いだすと、祖母はアコーディオンを小さくした民族楽器のコンサーティーナを箱から出して弾きます。大勢の親戚も加わり、賑やかでした。

 7、8歳になるとアイルランド移民がお金を出し合って建てたカトリック教会で礼拝の助手を始め、12歳くらいまではオルガンの伴奏で皆と一緒に讃美歌を歌っていました。祖母はナット・キング・コールも聴いたし、母は音楽劇も大好き。ミュージカル『ヘアー』に夢中になりレコードを買って帰ったり、メトロポリタン歌劇場ではマリア・カラスやジョーン・サザーランドの超絶技巧に熱狂したりしていました。母の死後、日本まで持ってきたレコード箱の中にあったSP盤を今年、YouTubeチャンネルを始めたのを機に初めて聴いたのですが、アイルランドから二度と祖国の土を踏まない覚悟で米国へ渡った経済難民の一家の歴史、記憶がぎっしりと詰まった音たちに色々な思いがこみ上げてきて、言葉に詰まってしまいました。

 母の再婚を機に英ケント州へ移り、日本の中学生に当たる年齢でフルートを始めました。次いで一家はフランスに引っ越し、さらに米サンフランシスコへと戻ります。サンフランシスコ音楽院で週1回のレッスンを受けながらフルートを続けていたころ、私のアイドルはジャン=ピエール・ランパルでした。当時あまり演奏されなかったフルートのバロック曲から室内楽までランパルの明るい音色は素晴らしく、かっこ良かったです。モダンバレエやジャズダンスも習い、舞台芸術への関心を強めていた時期にも当たり、サンフランシスコ歌劇場で《カルメン》《トスカ》などの情熱的なオペラも楽しみました。

 ハーバードの大学院に通った4年間はパートナーが並外れたクラシック音楽ファン、レコードコレクターだったことも私の知識を広げました。ヴィルヘルム・フルトヴェングラーら、往年の名演奏家の存在を教えられたのも、今となっては大きな財産です。

クラシックは生の静けさの中で、奇跡の音楽の喜びや現在の不安を分かちあうことができるので、絶やしてはならないのです

── 音楽は時とともに形を変えながらいつもキャンベルさんとともにあったわけですが、コロナ禍で関係性は変わりましたか?

 音楽を聴く行為自体は増えました。以前は出張などで移動する時間に合わせ、あらかじめ作ったプレイリストを再生していたのですが、現在は家の中で聴き、新たな発見に刺激されています。ポッドキャストでアーティストの話を聴きながら新しい作品、演奏家を知ると即ダウンロード、シームレス(切れ目なし)で聴ける時代はありがたいです。

 皆で立ち上がって体を動かすといったライブの興奮は求めないので、ポップスなら自宅のデバイスで十分です。ただしクラシックは生の静けさの中、そこだけで発生する奇跡の音楽の喜びや不安を不特定多数の人々と分かち合い、今までとは違う意味、気持ちが思い描く光景を感じる体験を伴いますから、ライブを絶やしてはならないのです。

 ライブがなくなれば、まだ音楽大学に通っていて舞台に立ったり、録音を制作したりの経験がない若い人たちの未来への扉も、完全に閉ざされてしまいます。

クラシック・キャラバン2021について考える

── プロジェクト・アンバサダーとして、期するところをお聞かせください。

 私と同じく、どっぷりクラシック音楽に浸かっているわけではないけれど、ちょっとは興味がある層の人々が不特定多数の人々と時間を共有して、何か──できれば強さを感じ、勇気の糧にしてほしいと願います。普段は違う場所にいる200以上の団体、人々が共演することで楽曲や演奏、興行方式などにどのような派生的展開、多層(ミルフィーユ状)の工夫が生まれるのかだけでなく、その結果が雲散霧消するのか残るのかまで、一緒に働きながら見届けるつもりです。思えばわたくしの人生の転機の節目に、クラシック音楽はいつも現れてきました。また、新たなランドセルを背負った気分です。

── 期待しています! ありがとうございました。

ロバート キャンベル(日本文学者、早稲田大学特命教授、クラシック・キャラバン2021アンバサダー)
ニューヨーク市出身の日本文学研究者。専門は江戸・明治時代の文学、特に江戸後期から明治の漢文学、芸術、思想などに関する研究を行う。 主な編著に『日本古典と感染症』(角川ソフィア文庫、編著)、『井上陽水英訳詞集』(講談社)、『東京百年物語』(岩波文庫、編著)、『名場面で味わう日本文学60選』(徳間書店、飯田橋文学会編)等がある。YouTubeチャンネル「キャンベルの四の五のYOUチャンネル」配信中。


【Information】
クラシック・キャラバン2021
クラシック音楽が世界をつなぐ〜輝く未来に向けて〜

兵士の物語 
2021.10/29(金)18:30 浜離宮朝日ホール 
12/10(金)18:30 第一生命ホール 
問:東京公演総合窓口03-3943-7066

華麗なるガラ・コンサート
2021.11/7(日)15:00 ザ・シンフォニーホール 
問:ザ・シンフォニーチケットセンター06-6453-2333
11/12(金)18:30 岡山シンフォニーホール 
問:岡山シンフォニーホールチケットセンター086-234-2010
11/13(土)15:00 熊本県立劇場コンサートホール 
問:コモド・アート・プロジェクト096-288-4635
11/23(火・祝)15:00 ハーモニーホールふくい 
問:ハーモニーホールふくいチケットセンター0776-38-8282
11/27(土)15:00 りゅーとぴあ 新潟市民芸術文化会館 
問:サンライズプロモーション北陸025-246-3939
11/28(日)15:00 東京オペラシティ コンサートホール 
問:東京公演総合窓口03-3943-7066
12/22(水)18:30 岩手県民会館 
問:岩手日報社事業部019-653-4121
12/25(土)15:00 札幌文化芸術劇場 hitaru 
問:オフィス・ワン011-612-8696

https://classic-caravan2021.com 
※各公演の詳細は上記ウェブサイトでご確認ください。