世界を席巻するカイヤ・サーリアホの芸術

 「サントリー芸術財団サマーフェスティバル2016」での委嘱作初演のために来日中のカイヤ・サーリアホは、1952年フィンランド出身、国際的に活躍する数少ない女性作曲家の一人である。
 サントリーホールで彼女の作品が紹介されたのは1990年が初で、以来93年、2003年のサマーフェスティバルでも上演され、斬新ながらも繊細極まる音響像と深い音楽的持続は、驚嘆と称賛をもって迎えられた。光、煙、蝶など、作品ごとに据えられた題材に着想を得て、音の魅力を見つめることで新しい響きを導きつつも、それが決して攻撃的なものや観念的なもの、技巧的なだけのものに陥らず、常に「真実の美」をもたらす創作姿勢は、趣味嗜好や世代を超えた、ユニヴァーサルな感覚への訴求力を持つ。昨年は東京オペラシティの「コンポージアム」テーマ作曲家として来日、そして今回の再来日と、日本で彼女を知っているクラシック音楽ファンは少なくないだろう。
 8月24日の「室内楽」個展でも満場の喝采を得た。長年の友人であるカルットゥネンや、21歳の若さであるヴァイオリニストの愛娘も来日し、深い共感に満ちた演奏を披露。家族、友人を含めた密な協働者と“ライフワーク”として活動する、21世紀の芸術家像でもある。
 8月30日に初演されるハープ協奏曲「トランス」の作曲では、歳時記などを研究したとのこと。今年初演されたオペラで能を題材にする等、日本文化にも造詣が深い彼女の音楽は、日本人の感性に通じるしなやかさと時間感覚を具えている。ハープの残響や楽想を継ぐ楽器群が場面ごとに変化し、万華鏡のように様々な響きを引き出す新作。独奏者と管弦楽の関係がドラマティックに展開するが、この特徴はオペラ作曲の経験を経て顕著になった。
 その、彼女の最初のオペラ作品《遥かなる愛》*がニューヨークのメトロポリタン歌劇場(MET)で今年12月に上演、日本では来年1月21〜27日にMETライブビューイングで上映されるのは大きな話題だ。この伝統ある劇場で女性によるオペラ作品としては1903年以来、しかもフィンランドの作曲家でコッコネン以来である。西欧前衛音楽の系譜からも、メシアン、リゲティ等の重要作をさしおいての登場となる。グラスらミニマル系、タン・ドゥンら折衷派の作品は上演されてきたが、真に今日的表現を伴った音楽が、METで鳴り響くことは感慨深い。まさにMETに新時代が切り拓かれたようだ。
 中世、遠隔の地にいる男女2人が、海を航海して伝聞する者を介して愛を深めるも、いざ会う段になり死を迎える…定番の「愛と死」が題材だが今までに無い物語で、吟遊詩人による愛の歌を含み、中世と現代の音楽的橋渡しも行われる。初演版は水の舞台で海を表現したが、ロベール・ルパージュによる新演出はこれを約5万個のLEDによる光で表現。自身もエレクトロニクスと常に関わってきたサーリアホも「芸術のためのテクノロジー」として、その美しさを称賛している。
 かくして、いまや世界を席巻するサーリアホの芸術。8月30日のサマーフェスティバルでの「管弦楽」の日もお聴き逃しなく!
文:川島素晴(作曲家)

*歌劇《遥かなる愛》についてのカイヤ・サーリアホ インタビュー記事は後日、ぶらあぼ誌面で掲載いたします

©Maarit Kytöharju 2014
©Maarit Kytöharju 2014

■サントリーホール 国際作曲委嘱シリーズNo.39(監修:細川俊夫)
テーマ作曲家〈カイヤ・サーリアホ〉

2016年8月30日(火) 19:00サントリーホール

●ジャン・シベリウス(1865-1957):交響曲第7番(1924)
●カイヤ・サーリアホ(1952-):トランス(変わりゆく)*(2015)世界初演**
**サントリーホール、フィンランド放送交響楽団、スウェーデン放送交響楽団、
チューリッヒ・トーンハレ管弦楽団、hr交響楽団共同委嘱

●ゾーシャ・ディ・カストリ(1985-):系譜(2013)日本初演
●カイヤ・サーリアホ(1952-):オリオン(2002)

指揮:エルネスト・マルティネス=イスキエルド
ハープ:グザヴィエ・ドゥ・メストレ*
管弦楽:東京交響楽団

問:東京コンサーツ 03-3200-9755

■METライブビューイング
●カイヤ・サーリアホ:《遙かなる愛》

指揮:スザンナ・マルッキ 演出:ロベール・ルパージュ
出演:スザンナ・フィリップス、エリック・オーウェンズ、タマラ・マムフォード
上映期間:2017年1月21日(土)〜1月27日(金)
上映時間:3時間(休憩1回)[ MET上演日 2016年12月10日 ]
言語:フランス語