音楽家として、社会に何か還元できるのではないかと いつも考えを巡らしている人だった
中村紘子さんの訃報を聞き、あまりにも早い別れに、まだ信じられない思いでいっぱいである。というのは、彼女は昨年6月に行われた記者会見の席上で、「確かにがんなのよ。でも、それをあまり意識せずに楽観的な気持ちで過ごしています。私は生命線が長いようで、まだこれから30、40年生きられる気がするわ」と、笑顔を見せていたからである。医師からは「できる限りふつうの生活をし、ピアノも弾いて、同じ病気の人を元気づけてほしい」といわれたそうだ。
その後、体調を考慮しながら演奏会や音楽監督を務める浜松国際ピアノアカデミーなどの活動を行っていたが、今年の5月8日の兵庫県洲本市(淡路島)でのリサイタルが公の場での最後の公演となった。
中村さんは演奏のみならず、国際コンクールの審査員も務め、文筆業や後進の指導も積極的に行い、幅広い視野をもってクラシック音楽を広めることに尽力した。私は長年にわたって内外で彼女の取材を続けてきたが、常に「音楽家が社会に対して何ができるか」ということを考えている人だった。
「いま、日本では文化や芸術の予算が削られ、子どもたちの教育の場でも、音楽にはあまり時間が割かれていません。情操教育が大切な時期にいい音楽に触れることができなければ感性が磨かれず、大人になってからも美しいものに感動するという気持ちが湧いてきません。これはとても大きな問題なのです」
こう語る彼女は自分ができることを追求し、音楽家として社会に何か還元できるのではないかといつも考えを巡らしていた。新人のピアニストや若手音楽家の支援にも心を砕き、才能があると認めるとすぐに関係者を集めて自宅でパーティーを開き、その場でその新人の演奏を聴かせ、「この人、すばらしいでしょう。ぜひ応援してあげて」と、みんなに呼びかけていた。
レパートリーはショパンを常に根幹に置き、J.S.バッハ、モーツァルト、ベートーヴェンからロシア作品まで幅広く、室内楽にも積極的に取り組んでいた。録音も多数行い、デビュー55周年を迎えた2014年には、山田和樹指揮横浜シンフォニエッタと共演したモーツァルトのピアノ協奏曲第24番&第26番「戴冠式」と、ショパンのマズルカ集をレコーディング。「モーツァルトとショパンのエッセンスを聴き取ってほしいですね」と語っている。
よく私の仕事にも貴重な助言を与えてくれ、ときには結構シビアな意見も述べてくれた。インタビューなどでは、テレコを止めてから本音トークが始まり、本当はそうした会話の方が面白く、記事にしたいほどだった。
「歯に衣着せぬ」というのは、こういうことをいうのだろう。嘘やお世辞は大嫌いで、そういうことをいう人を即座に見抜いてしまう「慧眼の士」だった。もうあの率直で真摯なことばを聞くことができないのは、とても残念である。謹んでご冥福をお祈りします。
文:伊熊よし子
(ぶらあぼ 2016年9月号から)
【お別れの会】<故人の業績をたどる記念品、写真等を展示いたします。>
日時:2016年9月12日(月)13:00 開場 (17:00終了)
※一般の方々は、14:30からご入場、ご参加いただけます。
会場:サントリーホール ブルーローズ
主催:ジャパン・アーツ
協力:サントリーホール
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