【GPレポート】
藤原歌劇団公演 ベッリーニ作曲《清教徒》(新制作)

ベッリーニの磨き抜かれた旋律美が見事に歌われた陶酔の時間

 わずか33歳で夭折したベッリーニ。最後のオペラ《清教徒》には、ピューリタン革命当時の英国の、清教徒(議会派)と王党派の争いに翻弄される男女が描かれ、優美で高貴な旋律が無尽蔵に詰まっている。そのうえ管弦楽の扱いがそれ以前にくらべて洗練され、豊かなアンサンブルも重なって、全3幕のすみずみまで聴き応えがある。それにしては上演機会が少ないのは、きわめて歌唱至難だから。エルヴィーラ役のソプラノには非常に高度な技巧が求められるし、アルトゥーロ役のテノールはテッシトゥーラ(声域)が全体に高いばかりか、CisやDのほかFまで記譜されている。だが、水準を超えて演奏されれば、聴き手を陶酔させずにはおかない。結論を先に言えば、藤原歌劇団公演に筆者は心を打たれた。公演日は9月10日、11日、12日で、取材したのは11日出演の光岡暁恵(エルヴィーラ)組の最終総稽古(ゲネラル・プローべ)である。
(2021.9/9 新国立劇場 オペラパレス 取材・文:香原斗志 撮影:寺司正彦)

井出壮志朗(リッカルド)
光岡暁恵(エルヴィーラ)

 序曲はなく、和音が連続したのちに幕が開くと、角笛のこだまとともに清教徒たちが「夜が明けてきた」と歌う。次第に明るくなる巧妙な舞台効果が合唱の力強さと相まって、一気に舞台に没入させられる。エルヴィーラとの結婚が叶わないことを歌う清教徒の大佐リッカルドのカヴァティーナは、井出壮志朗(バリトン)の明るめの柔らかい声でていねいに歌われ、旋律美が浮き上がった。

 エルヴィーラは清教徒の退役大佐ジョルジョから、敵である王党派のアルトゥーロとの結婚を許されたと聞かされ、悦びを歌う。光岡暁恵(ソプラノ)の歌には、その高度な技巧的表現を自然な悦びに昇華させる力がある。

右:山本康寛(アルトゥーロ)
左より:丸尾有香(エンリケッタ)、小野寺 光(ジョルジョ)、光岡暁恵(エルヴィーラ)、山本康寛(アルトゥーロ)

 合唱に導かれてアルトゥーロが登場。山本康寛(テノール)は、やわらかい声に輝きを添え、ベッリーニ特有の長い旋律を美しいレガートでつむぐ。登場のカヴァティーナには超高音Cisが含まれ、山本はそれを胸声に頭声を少し交えたファルセットーネのように響かせた。実際、この役を創唱したテノールのジョヴァンニ・バティスタ・ルビーニは、C以上の音はファルセットーネで表現しており、山本の歌唱は歴史的にも正当なものである。

 その後、アルトゥーロは処刑される女性の囚人が王妃エンリケッタだと知って、彼女を逃がす。エルヴィーラはそれを彼の裏切りと誤解するのだ。エンリケッタの丸尾有香(メゾソプラノ)も存在感を示した。決闘を挑むリッカルドとアルトゥーロとの重唱も、力強いのに旋律美が損なわれないのは、歌手に力があるからだ。

左より:工藤翔陽(ブルーノ)、光岡暁恵(エルヴィーラ)、安東玄人(ヴァルトン卿)、小野寺 光(ジョルジョ)、井出壮志朗(リッカルド)

 休憩後の第2幕、エルヴィーラが正気を失った経緯をジョルジョが歌う。小野寺光の明るめのバスは、美しいがゆえに悲痛な旋律にふさわしい。そこに現れたエルヴィーラが長大な〈狂乱の場〉を歌う。光岡は息に乗せた自然な響きで、哀愁をまとった華麗なコロラトゥーラを隙なく表現。突き抜けた美しさが感じられた。〈狂乱の場〉の途中にはジョルジョとリッカルドも加わり、低声との対比でエルヴィーラの苦悩がいっそう際立つものとなる。低声2人の重唱も、力強さと美しさが両立していた。

 再び休憩を経て第3幕。管弦楽が「嵐」を奏でるなか、エルヴィーラの部屋の近くに現れた山本のアルトゥーロは、第1幕よりも喉が温まったようで、さらに声が充実していた。ここからはテッシトゥーラが高いレガート中心の長大な旋律が延々と続き、たいていのテノールは怖気づく。クラウスも、パヴァロッティも、フローレスなど歴代のテノールたちも、極度の緊張を強いられたというが、山本は要求される個所では、メッサ・ディ・ヴォーチェ(声を漸増させたのちに漸減させる技法)を見事に決めつつ歌い進めた。

中央左より:井出壮志朗(リッカルド)、工藤翔陽(ブルーノ)、小野寺 光(ジョルジョ)

 一時的に正気を取り戻したエルヴィーラとアルトゥーロの二重唱は美の極致。最高音のDもユニゾンで輝かしく響いた。光岡と山本は、いまこれらの役を日本で最も美しく歌える2人だろう。その後、捕らえられたアルトゥーロは、アンサンブルのなかに書かれているFも、ファルセットに近い表現だが響かせた。繰り返すが、胸声よりもこのほうが元来の表現に近い。


 磨かれた声に満たされた《清教徒》だった。しかし、声だけではない。このオペラは主題を頻繁に回想しながら全体が緊密に結びつけられ、そこに声が豊かな重唱やアンサンブルを含めて接がれている。指揮の柴田真郁はそうした全体像をしっかり構築したうえで、歌手にしっかり歌わせ、ベッリーニの美質を浮き彫りにした。管弦楽は東京フィルハーモニー交響楽団。

 松本重孝の演出も、そうした音楽をうまく支えていた。円柱とゴシック風の壁で構成されたシンプルな舞台は、階段などを加えることで宮殿の広間に、噴水を置いて広場にと、たくみに変化した。だが、なによりも強調すべきは、色彩や人の動きがすでに述べた音楽の美質と齟齬をきたさなかったことだろう。

演奏至難の《清教徒》。日本人だけでここまでの上演が可能になったことに、素直に拍手を送りたい。

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 「錯乱してからなかなか正気をとりもどせないのがエルヴィーラの特徴だと思います」

【Information】
藤原歌劇団公演(共催:新国立劇場・東京二期会)
ベッリーニ:《清教徒》(新制作)

2021.9/10(金)、9/11(土)、9/12(日)各日14:00
新国立劇場 オペラパレス

演出 :松本重孝
指揮:柴田真郁
管弦楽:東京フィルハーモニー交響楽団

●出演
エルヴィーラ:佐藤美枝子(9/10, 9/12) 光岡暁恵(9/11)
アルトゥーロ:澤﨑一了(9/10, 9/12) 山本康寛(9/11)
ジョルジョ:伊藤貴之(9/10, 9/12) 小野寺 光(9/11)
リッカルド:岡 昭宏(9/10, 9/12) 井出壮志朗(9/11)
ヴァルトン卿:東原貞彦(9/10, 9/12) 安東玄人(9/11)
ブルーノ:曽我雄一(9/10, 9/12) 工藤翔陽(9/11)
エンリケッタ:古澤真紀子(9/10, 9/12) 丸尾有香(9/11)
合唱:藤原歌劇団合唱部、新国立劇場合唱団、二期会合唱団

問:日本オペラ振興会03-6721-0874 
https://www.jof.or.jp
https://www.jof.or.jp/performance/2109_puritani/