カンタータ「海道東征」や歌曲集「沙羅」をはじめとする芸術音楽のみならず、手がけた校歌の数も膨大な信時潔(1887-1965)。その音楽に魅せられた名コレペティトアの山田啓明が、母校の校歌もやはり信時の作と言う小川明子と取り組んだこのアルバムには、彼らの尽きせぬ思い入れが滲む。ドイツ・ロマン派を思わせる和声と、百人一首や漢詩が湛えた日本語の美しさ。二人は丹念に、余さず掬い取ってゆく。最も有名な「海ゆかば」から確かに聴き取れる、コラールの響き。それが「中國名詩五首」の終曲「海に泛ぶ」へと巧みに関連づけられるあたり、作曲年代順の収録ならではの気づきも。
文:笹田和人
(ぶらあぼ2021年9月号より)
【information】
CD『海ゆかば 信時潔歌曲集/小川明子&山田啓明』
信時潔:わすれな草、北原白秋の詩による歌曲、茉莉花、「小倉百人一首より」、花すみれ、短歌連曲、「小曲五章」、不盡山を望みて、「沙羅」、海ゆかば、「中國名詩五首」、帰去来、歸去來の辭、日本のあさあけ
小川明子(アルト)
山田啓明(ピアノ)
ナミ・レコード
WWCC7950-1(2枚組) ¥5500(税込)