2020年度 第33回ミュージック・ペンクラブ音楽賞決定

ミュージック・ペンクラブ音楽賞(主催:一般社団法人ミュージック・ペンクラブ・ジャパン)の2020年度の受賞者が発表され、クラシック部門では、以下の6団体が受賞した。
また、ポピュラー分野の著作出版物賞に、細川周平『近代日本の音楽百年』(岩波書店)が、オーディオ分野のパッケージソフト賞に、大友直人(指揮)東京交響楽団『ミューザ川崎シンフォニーホール&東京交響楽団 LIVE from MUZA!』(オクタヴィア・レコード)がそれぞれ選ばれた。

同賞は、ミュージック・ペンクラブ・ジャパンに所属する約160名の会員による投票で選出されるもので、クラシック、ポピュラー、オーディオの3分野が設けられ、各分野で授賞対象者・団体をノミネートしたうえで、最終的に全会員の分野を超えた投票によって決定されている。

左より)小菅優 (c)Marco Borggreve/MAROワールド 提供=王子ホール、撮影=藤本史昭/「神々の黄昏」提供=びわ湖ホール/藤倉大 (c) Seiji Okumiya/礒山雅/「2020東京交響楽団フィナーレコンサート(原田慶太楼指揮)」提供=ミューザ川崎シンフォニーホール、撮影=青柳聡
  1. 独奏・独唱部門 小菅優(ピアノ)
    ベートーヴェンの「ピアノ・ソナタ全集」の録音を完結させた後も、四元素をテーマにした既成概念に捉われない選曲・構成によるシリーズ「Four Elements」を、リサイタルと録音の両面で展開。2020年は、示唆に富んだその4年に亘るリサイタルを濃密な演奏で締めくくり、聴く者に清新かつ深い感興をもたらした。また 11月の東京交響楽団定期演奏会における矢代秋雄の「ピアノ協奏曲」では、楽曲の深奥を抉る凄絶な独奏を披露。数年来の継続企画「ベートーヴェン詣」での室内楽、ピアノ・パートの意味深さを浮き彫りにしたブラームスの「クラリネット・ソナタ」の録音など、様々な面で充実度の高い活動を行った。よってその成果を讃えたい。(柴田克彦)
  2. 室内楽・合唱部門 篠崎“まろ”史紀「MARO ワールド」
    ヴァイオリンの篠崎史紀(通称まろ)が王子ホールと組んで、2004年より企画・出演している「MARO ワールド」は、たんなる室内楽演奏会に留まらない。オーケストラ界の同士のみならず、将来性を見込んだ若手を幅広い方面から呼び集めることで、後進の育成に大きく貢献しているのだ。聴く側もそこで喜びを分かち合えるのは、きわめて高い演奏クウォリティゆえだが、何よりも奏者らが合奏を心から楽しんでいるからだろう。篠崎のトークや共演者との対話も、音楽の核心を突きながら実に軽妙で、これぞ大人のエンターテインメント。こんな例は他に見当たらない。マーラーの第4交響曲(室内楽版)で開始し、コロナ禍にあっても意気を失わず、ついに実施40回を越えたこの年に、本賞を贈る。(舩木篤也)
  3. オペラ・オーケストラ部門 滋賀県立芸術劇場びわ湖ホール
    1998年開場時点の初代芸術監督、若杉弘がドイツの歌劇場での経験を踏まえ、オペラの自主制作と人材育成に明確な理念を導入。現監督の沼尻竜典を最初から補佐に据え、全くぶれない運営で 20年あまりの歴史を刻んだ。2017ー2020年に1作ずつ制作したワーグナー「ニーベルングの指環」4部作はベテラン、ミヒャエル・ハンペの演出と沼尻指揮京都市交響楽団、内外一線の歌手の総力で西日本初の通し上演を完結させた。最終年の「神々の黄昏」はコロナ禍に対応、無観客上演の配信を決断したが、驚異的アクセス数を記録。若手ソリストが合唱も担うびわ湖ホール声楽アンサンブルは昨年早世したテノールの二塚直紀をはじめ、名歌手輩出のプラットフォームに発展した。(池田卓夫)
  4. 現代音楽部門 藤倉大(作曲家)
    響きへの鋭敏なセンスが生むその作品は世界各国で演奏されている。2017年から芸術監督をつとめるボンクリ・フェスも、新しい音楽に触れる場となっている。さらに 2020年には、パンデミックの世界を考えさせる新作が続けて初演された。全体主義の脅威を描くオペラ「アルマゲドンの夢」、原爆の犠牲となった女性の遺品のピアノにインスパイアされた「ピアノ協奏曲第4番『Akiko’s Piano』」は、永劫不変の人類の課題を、音楽を通じて問うものだった。また「Longing from afar」はロックダウンの状況下、テレワークで合奏できる曲として作られ、多数の音楽家が演奏した。これまでの実績、また 2020年という年の象徴という意味においても、その活動は称賛に値するものである。(山崎浩太郎)
  5. 研究・評論部門 礒山雅『ヨハネ受難曲』(筑摩書房)
    バッハの「ヨハネ受難曲」は日本におけるバッハ研究の第一人者礒山雅氏が、名著「マタイ受難曲」以来、25年をかけて研究し続けたテーマであった。それは 2017年度の国際基督教大学大学院博士論文として結実したが、それと並行して一般読者向けに本書が書き進められていた。しかし博士号取得直後に惜しまれつつ急逝。その一年後に同大名誉教授の伊東辰彦氏の校訂で世に出たことは日本の音楽愛好家にとっ
    てこの上ない幸せである。「ヨハネ福音書」の成立・意義から書き起こし、複雑な版の問題等を解き明かしたうえで楽曲を詳述。研究の厚みと考察の深さは比類がなく、随所に礒山氏のバッハと同曲への真摯な眼差しが認められて感動的である。なお、礒山氏は没年(2018年度)にこれまでの業績を称えて本賞が贈られているが、今回は本書が受賞対象となる。(那須田務)
  6. 功労賞 ミューザ川崎シンフォニーホール(フェスタサマーミューザ KAWASAKI 2020)
    新型コロナウイルス感染症拡大の先の読めない状況下、盛夏の音楽祭を着実に開催した(川崎市と共催)。感染防止に配慮、使用客席を限定する一方でインターネット配信を併用し、全17公演を完遂。過去15年の実績を礎に、地方自治体、ホール、オーケストラ、演奏家、音楽大学、聴衆が理解を重ねて存分の成果を導いた。例年とは異なる社会条件下、例年並みにプロ・オーケストラだけでも9団体が競演、ベートーヴェンを核に実現可能なプログラミングを絞り出すなか、ホスト役の東京交響楽団を筆頭に各自の創意工夫と多様な方向性も色濃く表された。従来物故者に贈られることが多かった功労賞だが、2020年度は本音楽祭の成果、主催者はじめ関係各位の尽力を称えたい。(青澤隆明)

《ポピュラー》

著作出版物賞 細川周平著『近代日本の音楽百年』全4巻(岩波書店)
本書は雑誌『ニューミュージック・ マガジン』の連載記事「西洋音楽の 大衆化・日本化」をもとに構想され た。副題に「黒船から終戦まで」とあるように、著者は約一世紀の間に西洋音楽と次々に出会った日本人がそれをどう受け止め、咀嚼し、変容させ、在来の音楽と組み合わせ、あるいは回避してきたのかと いう問を抱いて、豊富な資料を読み解き・聞きたどりながら考察を進めている。いまの日本人のほとんどが知らない記述に満ちた、めったに書かれることのない日本のポピュラー音楽の基本的な通史。学術的でありながら往時の人々の感動や驚きを伝えて楽しめる工夫も凝らされている。その重層的な書き方がポピュラー音楽の研究書らしくていい。(北中正和)

《オーディオ》

パッケージソフト賞 ミューザ川崎シンフォニーホール&東京交響楽団 LIVE from MUZA! 《名曲全集第 155回》大友直人(指揮)東京交響楽団 黒沼香恋(ピアノ)大木麻理(オルガン)オクタヴィア・レコード OVCL-00726
2020年3月8日(日)に行われた、ミューザ川崎シンフ ォニーホール&東京交響楽団による名曲全集の第 155回。新 型コロナウイルスに対する政府方針を受け、一度は中止を決定したが、音楽ファンからの熱い要望に応えて無観客にて演奏を敢行、録音。また、コンサート開演時刻の14時よりニコニコ生放送にて配信開始され、終了時には視聴者数10万人を記録したという意味でも話題を呼んだ。これが受賞のひとつめの理由。そして、そうした緊張感の中、素晴らしい演奏が展開されたというのが2番目。さらにもともと音響環境のいいホー ルで、しかも無観客状態によって普段よりも響きの多い中、高いクォリティの収録が行われたというのが3番目の理由。録音については、オーケストラの各パートに近い感覚がありつつ、会場の遠近感が反映されたサウンドステージを捕捉。前後左右に広く、特に天井方向に高いホールの空間の響きがまろやかに拡がる優秀なもの。音楽の大切さ、演奏の醍醐味、いい録音の必要性などを感じさせるソフトとして受賞が決定した。(鈴木裕)

ミュージック・ペンクラブ・ジャパン
http://www.musicpenclub.com