2014年3月、東京の新国立劇場と大津のびわ湖ホールとがコルンゴルトのオペラ《死の都》の舞台上演の日本初演を競ったとき、ほんの4日の差で先んじたのがびわ湖ホールだった。そこで上演された故・栗山昌良のオーソドックスで様式的な演出が、新国立劇場でのユニークなカスパー・ホルテンの演出と比較され、話題になったことをご記憶の方も多いだろう。
その栗山演出によるプロダクションが、25年3月1日と2日にびわ湖ホールで、11年ぶりに再演されることになった。再演演出を担当するのは、人気の高い岩田達宗である。そして、前回指揮を受け持った当時のびわ湖ホール芸術監督・沼尻竜典にかわって、今回は現・芸術監督の阪哲朗が指揮台に立つ。ドイツやオーストリアの歌劇場で指揮者として実績を積んだ、練達の阪哲朗である。24年春に上演された《ばらの騎士》に次いで、彼の本領が発揮されるはずだ。
「死の都」という題名ではあるものの、このオペラは特にホラー的な内容でも、陰惨なストーリーでもない。亡き妻への思い出からどうしても離れられず、苦悩し続ける男性の物語なのである。彼はある日、ブリュージュの街で、愛した妻に生き写しの女性を見かけ、激しい恋に落ちる。だが所詮、彼女は愛する妻に及ぶ存在ではなかった。我慢できなくなった彼はついに彼女を殺す——しかし、それは彼がわずかな時間のうちに見た、ただの白昼夢に過ぎなかった。夢から覚めた彼は、親友の勧めに従い、過去にとらわれるのをやめ、新しい「生」を求めて「死の街ブリュージュ」から旅立つのだった……。
物語の舞台となっているベルギーの街ブリュージュは、実際は、この上なく美しい都である。物語の原作者ローデンバックがこれを勝手に「灰色の街、陰鬱な風景、死の都」などとイメージした小説を書いたために、現地の人々が激怒したというのは有名な話だ。そしてコルンゴルトもまたこのタイトルをそのまま転用し、オペラに仕上げてしまったのだった。
オーストリアで活躍したエーリヒ・コルンゴルト(1897〜1957)は、作品完成当時は23歳。のちに米国のハリウッドに移り、今日のジョン・ウィリアムズなどへ続く、スペクタクルな映画音楽の潮流の元祖になるというキャリアを持つ変わり種の作曲家だが、1920年に初演されたこの《死の都》は、彼の名をオペラ史上不滅のものにしている。第1幕で歌われる〈私を包む幸福〉の官能美にあふれた旋律は、一度聴いたら忘れられないだろう。全曲にわたり、きわめて耳当たりの良い、壮麗な音楽に彩られているので、だれでも親しめるはずである。何しろ日本ではめったに上演の機会がないオペラなのだ。聴き逃したくない名作である。
出演するオーケストラは、近年絶好調の京都市交響楽団。歌手陣はダブルキャストで、主人公のパウルを清水徹太郎と山本康寛が、その恋人マリエッタを森谷真理と木下美穂子がそれぞれ歌うといった具合に、手堅い顔ぶれがそろっている。
文:東条碩夫
(ぶらあぼ2025年1月号より)
びわ湖ホール プロデュースオペラ コルンゴルト作曲 《死の都》
2025.3/1(土)、3/2(日)各日14:00 びわ湖ホール 大ホール
指揮:阪 哲朗 演出:栗山昌良 再演演出:岩田達宗
出演
パウル:清水徹太郎(3/1) 山本康寛(3/2)
マリー/マリエッタ:森谷真理(3/1) 木下美穂子(3/2)
フランク:黒田祐貴(3/1) 池内 響(3/2)
ブリギッタ:八木寿子(3/1) 山下牧子(3/2) 他
合唱:びわ湖ホール声楽アンサンブル
児童合唱:大津児童合唱団 管弦楽:京都市交響楽団
問:びわ湖ホールチケットセンター077-523-7136
https://www.biwako-hall.or.jp/