何と端正な演奏だろうか。古楽ムーヴメント隆盛の今、モダン・ピアノできちんとバッハを弾ける演奏家は、意外に少ない。しかし、そこはドイツに学び、数々の登竜門で実績を残し、長らくヨーロッパで演奏活動を重ねた、実力派の樋口紀美子。まさに満を持しての録音で、バロックに特有の様式的な作法や語法を踏まえつつ、楽器自体の鳴らし方はもちろん、演奏空間の残響すら味方につけて、モダン・ピアノならではの音創りを真摯に探究。“練習曲”という側面からも目を逸らすことなく、バッハが2声や3声のシンプルな枠組みの中に封じ込めた、対位法の美学をつまびらかにしてゆく。
文:笹田和人
(ぶらあぼ2021年4月号より)
【information】
CD『J.S.バッハ:インヴェンションとシンフォニア/樋口紀美子』
J.S.バッハ:インヴェンション、シンフォニア
樋口紀美子(ピアノ)
N&F
MF25705 ¥2800+税