【ゲネプロレポート】日本オペラ協会公演《キジムナー時を翔ける》

出色の歌手の力を得て、五感と思考が同時に刺激される極上のエンタテインメント

 すぐれたエンタテインメントのなかに、現代に生きる私たちへの数々の問題提起が自然に組み入れられ、五感と思考が同時に刺激される。それは総合芸術であるオペラの、ひとつの理想形だろう。北海道出身でありながら、沖縄をテーマにした音楽にキャリアを捧げ、2年前に急逝した作曲家の中村透。彼が台本と作曲をともに手がけた《キジムナー時を翔ける》が粟國淳の新演出で上演される。2月20日の組の最終総稽古(ゲネラル・プローベ)では、沖縄の風土色が濃い心地よい音楽と力ある歌に浸りながら、沖縄のリゾート開発を背景に、自然や伝統との共生について考えさせられた。
(2021.2/18 新宿文化センター 取材・文:香原斗志 写真:寺司正彦)

 冒頭からいきなり沖縄の伝統楽器、三線(さんしん)と横笛の音が聞こえ、沖縄にいざなわれる。タイトルロールの“キジムナー”とは、ガジュマルの巨木に棲む精のことで、オペラでは、カルカリナと名づけられている(キジムナーには性がないため、2/21の組ではテノールの中鉢聡が演ずる)。なぜ、木の精が主役なのか。それは沖縄のある島が、リゾート開発の危機にさらされ、巨木たちがいまにも伐られようとしているからだ。

左:森山京子(オバア)
左より:長島由佳(ミキ)、森山京子(オバア)
左より:泉 良平(区長)、森山京子(オバア)、海道弘昭(マサキ)

 筋を簡単に述べておこう。第1幕では、開発反対のデモンストレーションが行われようとしているが、反対運動を先導するオバアにみな同意しているわけではない。孫のフミオは自然に憧れているが、開発推進派の青年マサキは口論の末、老木に斧を打ち込む。だが、そのときフミオもマサキも、カルカリナの力で300年前、すなわち琉球王朝時代の同じ場所にタイムスリップさせられてしまう。第2幕、マサキは自身の祖先がご禁制の森で木を伐採したとして裁かれている場面に出くわし、祖先をかばって捕らえられてしまう。結局、カルカリナに助けられ、フミオもマサキも300年前から脱出するが、今度は間違って、22世紀までオーバースリップ。そこは生物が棲めないほど環境破壊が進んだ世界だった。どうにか現代に戻ると、マサキもふくめ、みな自然と伝統の価値を讃えるのだった??。

左:森山京子(オバア) 右:芝野遥香(フミオ)
左:芝野遥香(フミオ) 右:砂川涼子(カルカリナ)
左より:押川浩士(本多)、泉 良平(区長)、森山京子(オバア)、海道弘昭(マサキ)、長島由佳(ミキ)
左:森山京子(オバア) 右:海道弘昭(マサキ)

 旋律が活かされた親しみやすい音楽は、随所に沖縄独特の楽器や音楽語法が組み入れられている。そんななか歌手にとって難儀なのは、地の台詞から音高とリズムだけが指定された部分、レチタティーヴォのように語るように歌う箇所、そして抒情的な歌唱まで、多彩な表現が求められるところだ。こうしたあらゆる表現で、カルカリナ役の砂川涼子は期待以上の出来栄えだった。木の精ならではの威厳とコケティッシュな色気が同居し、チャーミングな動作も相まって、ファンタジーを支える核としてふさわしい。フミオ役の芝野遥香は正統的な発声で一途な少年を見事に描き、海道弘昭もマサキというドラマの推進役を説得力ある声と表現で好演した。

左:照屋篤紀(ジラー) 右:金城理沙子(マチー)

 印象的なセリフが随所に繰り出す。たとえば第2幕でカルカリナは「人間の閉ざされた知恵で、自然のしくみを変えることはできない」と歌う。また、フミオはあらゆる自然に神が宿っている旨を歌う。キリスト教の教えのもとでは、神と自然は明確に区別される。神木が存在し、あらゆる生命に神が宿るのは、日本ならではの宗教観であり、価値観だ。それにもとづいて人間と自然との共生を訴えることは、日本オペラにしかできない。その意味でも価値ある作品であり、いま上演されることに意義がある。

「現代」「300年前」「22世紀」を、ファンタジーを十分に注ぎ込みながら鮮やかに描き分け、観る人を無理なく導く粟國淳の鮮やかな演出、プッチーニを思わせる音の構成から極めて色濃い地方色まで、多彩な音楽を美しくまとめあげた星出豊の指揮にも、拍手を送りたい。

中央:海道弘昭(マサキ)、砂川涼子(カルカリナ)
照屋篤紀(ジラー)
左より:芝野遥香(フミオ)、砂川涼子(カルカリナ)、海道弘昭(マサキ)


【関連記事】
オペラ《キジムナー時を翔ける》が新制作で上演

【Information】
日本オペラ協会公演
日本オペラシリーズNo.81《キジムナー時を翔ける》
中村 透 追悼公演(ニュープロダクション)

2021.2/20(土)、2/21(日)各日14:00 
新宿文化センター 大ホール

作曲・台本:中村透
総監督:郡愛子
演出:粟國 淳
指揮:星出 豊
管弦楽:東京フィルハーモニー交響楽団
合唱:日本オペラ協会合唱団

出演
カルカリナ:砂川涼子(2/20) 中鉢 聡(2/21) 
オバア:森山京子(2/20) 松原広美(2/21) 
ミキ:長島由佳(2/20) 西本真子(2/21) 
フミオ:芝野遥香(2/20) 中桐かなえ(2/21) 
マサキ:海道弘昭(2/20) 所谷直生(2/21) 
本多:押川浩士(2/20) 田村洋貴(2/21) 
区長:泉 良平(2/20) 田中大揮(2/21) 
マチー:金城理沙子(2/20) 知念利津子(2/21) 
ジラー:照屋篤紀(2/20) 琉子健太郎(2/21) 

問:日本オペラ振興会チケットセンター03-6721-0874
https://www.jof.or.jp