宮本益光(作詞/バリトン)&加藤昌則(作曲/ピアノ)

ある夫婦の互いの命との向き合い方を綴る


 歌手・宮本益光が、訳詞や作詞をはじめとする豊かな文才も持ち合わせていることは、本誌読者ならよくご存知だろう。その彼のテキストによる自作自演の新作が、この2月に上演される。東京芸大時代の同期で、すでに多くの共作を生んでいる作曲家・加藤昌則とのコンビによる、バリトンとソプラノのための連作歌曲『二本の木』。この作品には、ともに癌に冒された実在の夫婦の闘病日記をまとめた原作があり、片岡仁左衛門と竹下景子の朗読によるNHKのドキュメンタリー番組も大きな反響を呼んだ。
宮本(以下М)「旅先のホテルでたまたま放送を見ました。圧倒的な衝撃を受けたと同時に、自分も歌手として、その言葉を歌う可能性がありうるのじゃないかと思ったのです。すぐに番組のプロデューサーにお会いしに行きました。加藤さんにもその経緯を逐一報告しましたけれど、こちらが興奮すればするほど彼は醒めるみたいで。番組も見てないわけだし」
加藤(以下K)「実はちらっとは見てました」
М「あ、そうなの?」
K「でも二人で盛り上がっちゃうとうまくいかないことが多いので、僕は引いてるぐらいがちょうどいいかなと」
M「ご夫婦の手記が原作ですから、二重唱を含む二人の歌い手による連作歌曲という形は最初から念頭にありました。中田喜直さんの『木の匙(さじ)』は意識しています」
K「僕は最初、できないって言ったのです。妻が癌に冒されていくという状況を、自分は俯瞰して見ることができるだろうかというのもあったし、NHKの番組が朗読で構成されていたように、言葉があれば十分で、音楽は要らないのじゃないかと。考えは少しずつ変わってきましたが」
M「その距離感が、いま思うとすごく良くて。僕はどんどん思い入れが強くなっていくので『この言葉はもう削れない!』。彼は『無理。多い』と。そこをもう一度落ち着いて見直すのにすごく時間が必要だった。そのおかげで、ちょうど良いバランスになったかなと思います」
 創作過程には、原作があるがゆえの難しさもあったようだ。
M「実話ですし、ご遺族にとっては大切な肉親の言葉を、歌詞の都合で、いわば切り貼りするのは冒涜ではないかというせめぎ合いがありました。でも息子さんたちが『自由にして構わない』と言ってくださって。一番大きく変えたのは、ご夫婦がそれぞれ『爽さん』『千緒さん』と呼びかけていた固有名詞を、ばっさり捨ててしまったことです。それによって、特定の個人の物語が、普遍的なものになるし、連作の一曲一曲が独立した小品として存在しうると思います」
 共演はソプラノの澤畑恵美。実はバリトンよりもソプラノの出番のほうが多い。
M「原作はご主人がまとめているので、どうしても奥様の日記の部分のほうが多いのですね。けっして自分が楽に歌おうと思ったわけではありません(笑)。でも、奥様の言葉を男声が歌う部分があってもいいと思っています。音楽ならではの面白いところですね。そして、作品の可能性を必ず広げてくれる力を持った澤畑さんと作り合うことで、日本発の作品を、もう一歩踏み出して、理想を持って新しい舞台作品として創造したいと考えています」
 独奏クラリネット(豊永美恵)が加わる編成も興味深い。加藤によれば、「現実ではないものを象徴する存在」として選んだ楽器だという。「外国語に翻訳して海外で上演するのも面白いかな」と、構想はどんどん広がる。その原点が誕生する瞬間を見逃さないために、まずは必ず王子ホールへ。
文:宮本 明
(ぶらあぼ2014年1月号から)

王子ホール委嘱作品
連作歌曲『二本の木』
★2014年2月15日(土)・王子ホール Lコード:35448
問:王子ホールチケットセンター03-3567-9990
http://www.ojihall.jp