世に“バッハの無伴奏”の録音は数あれども、これは唯一無二だ。揺らぐ音程、湾曲したリズム、振れ幅の大きなテンポ。大理石の滑らかさではなく、無垢の木が持つ、荒々しくも温かな手触り。若くしてフランス国立管弦楽団のコンサートマスターを務め、シェリングら巨匠の薫陶を受けた鬼才ヴァイオリニスト、アテフ・ハリム。70歳を目前にして、銘器アマティでパルナッソス山を目指した。その姿は、“スタイリッシュ”とは対極。しかし、生身の自分をさらけ出すかのように圧倒的な個性は、「演奏とは、音楽とは何か」という究極の問いに対する、説得力に満ちた回答に思える。
文:笹田和人
(ぶらあぼ2020年9月号より)
【information】
CD『J.S.バッハ:無伴奏ヴァイオリンのためのソナタ&パルティータ/アテフ・ハリム』
J.S.バッハ:無伴奏ヴァイオリンのためのソナタ第1番〜第3番、パルティータ第1番〜第3番
アテフ・ハリム(ヴァイオリン)
A&A art
AAA-010〜011(2枚組) ¥4000+税