【追悼】ペーター・シュライヤー

In Memoriam
Peter Schreier 1935-2019

写真提供:ジャパン・アーツ

 20世紀を代表するリリック・テノール、ペーター・シュライヤーが昨年12月25日にドレスデンで亡くなった。享年84。天性の美声の上に、正確な音程で、イントネーションもフレージングも清潔。その声を生かしたバッハ、モーツァルト、シューベルトで数々の名演、名録音を残した。その自伝(邦題『音楽とわたし』平岡史也訳、1983)には興味深い記述が多い。

 1935年マイセン生まれ。父はドレスデン近郊の町ガウアーニッツの教会のカントール(音楽教師・合唱長)。幼少期にドレスデン聖十字架合唱団に入り、ルドルフ・マウエルスベルガーの厳しい指導を受けて、バッハの音楽を徹底的に叩き込まれた。バッハのカンタータや受難曲の歌唱は定評がある。とりわけ、「マタイ受難曲」のエヴァンゲリスト(福音史家)では最高の名演を聴かせてくれた。筆者も大阪のシンフォニーホールで、ライプツィヒやドレスデンのアンサンブルとの共演で何度か聴き、深い感銘を受けた。特にテオ・アダムのイエスとのコンビは絶妙だった。ゲッセマネの祈りのテノール・ソロやペテロの否認での悲痛な叫びは、今も耳に残っている。カール・リヒターと共演したDVDで、最高のエヴァンゲリストを視聴できる。

 驚くべきことにオペラでは、タミーノ、ドン・オッターヴィオ、フェランドなど、モーツァルトのオペラ17作のほぼすべての役を歌い、その模範的な名唱をCDで聴くことができる。それと対極にあるワーグナー作品にも出演した。《マイスタージンガー》のダーヴィットで、自伝によると、最初の契約のドレスデン歌劇場で指揮者のスウィトナーから推挙されて歌い始めたもので、筆者も実演で聴いたが、88年のミュンヘンが最高であった。この役は、第1幕のマイスターの規則を延々と説明する箇所で、うんざりさせられることがあるが、シュライヤーで聴くととても素晴らしい音楽であると再認識させられる。《ラインの黄金》のローゲは、カラヤンの説得で歌うようになったと言われるが、その優れた歌いぶりはカラヤン演出の映像で残されている。

 リートではシューベルトの「美しい水車屋の娘」を得意としていて、CDも複数残されており、シフのピアノとの共演のCDが優れている。実演ではシンフォニーホールで聴いた「白鳥の歌」が強く印象に残っている。通常の終曲「鳩の便り」は歌わず、その前の「影法師」で終わるところが独特の解釈で、シューベルトの死の直前の作品であることを改めて感じさせた。

 シュライヤーは同時代のあらゆる名指揮者と共演している。自伝での辛口の評価の中でも、カラヤン、ベーム、サヴァリッシュを特に尊敬していたようだ。2000年にオペラ歌手を、05年にリートや宗教作品などの歌手生活も引退した。その後は指揮と教育活動に専念した。指揮者としては、バッハ、ハイドン、モーツァルトの録音を残した。面白いのは「マタイ受難曲」の録音で、指揮とエヴァンゲリストをやりながら、極めてドラマティックな独特の解釈をしていることである。数々の名録音を残してくれた多大な功績に感謝したい。
文:横原千史