クラシックは世界の共通言語──そんな言葉が、アジアで近年ますます重みを増している。西洋型舞台芸術になじみのなかった街に、新しいホールや劇場がどんどん竣工し、新団体が設立されている。教育機関などの整備も進み、レヴェルの向上も著しい。よき友人として、またよきライバルとして、今、世界で最もホットなアジアの隣人たちに耳を傾けたときに、何が聴こえてくるだろうか。
アジア オーケストラ ウィークは、日本側のオーケストラをホストとして、アジア太平洋地域の代表的なオーケストラを招くフェスティバルだ。2002年にスタートし今回で18回を数える。今年はオーケストラアンサンブル金沢(以下OEK)をホストに、香港シンフォニエッタとジャカルタ・シティ・フィルハーモニックを迎え、郡山と東京で全4公演を行う。
香港シンフォニエッタは1990年に設立されたが、99年に再編され今年20周年。ラ・フォル・ジュルネの常連として、耳にした人も多いはずだ。2002年から音楽監督を務めるイップ・ウィンシーは香港出身。女性指揮者の起用は当時は相当珍しかったはずだが、期待に応えて長年にわたり同団の基盤を固めてきた。来春をもって現職を勇退するので(来季以降は名誉指揮者)、長期政権の成果を見定めておきたい。
プログラムからも本気度が伝わってくる(10/6)。メインはストラヴィンスキー「兵士の物語」。ナレーションとアンサンブルのための作品だが、今回は、白井剛はじめアジアの気鋭のダンサー4名も加わる豪華版だ。「トルコ風」の俗称を持つモーツァルトのヴァイオリン協奏曲第5番のソロを務めるのは、台湾出身のツェン・ユーチン。2015年のチャイコフスキー・コンクールで最高位を獲得。その後も若きヴィルトゥオーゾとして躍進を続けている。
ウィンシーは香港の作曲家を中心に多くの委嘱初演を手掛けてきた。冒頭に演奏されるロ・ティンチェンの「オータム・リズム」はジャクソン・ポロックの絵画にインスピレートされた新作で、9月に香港で初演された後、日本にお目見えする。
ジャカルタ・シティ・フィルは2016年に設立されたまだ若いオーケストラだが、同国創造経済相とジャカルタ・アーツ・カウンシルの肝いりで作られただけあって、当初から高い表現力を実現しているようだ。指揮は同団理事も務めるブディ・ウトモ・プラボウォ。音楽はドイツ仕込みだが、原子力工学や情報科学の学位も持つという変わり種。
インドネシアと言えばムスリムも含む多民族国家だけに、クラシックを巡りどんなコミュニケーションがなされ、楽曲がどう演奏されるのか興味は尽きない(10/7)。プログラムにはモーツァルトのピアノ協奏曲第24番、シベリウスの第7交響曲のほかに、ダダンW.Sの「ダンドゥットの肖像」が挙がる。ダンドゥットとはインドネシアの都市部で広がったポピュラーミュージックの一形態。人々の日常の一端が垣間見えるのではないか。モーツァルトを弾くのは才媛ステファニー・オンゴウィノト。ジャカルタで学んだあと、イギリスで研鑽を積んだ若手で、フレッシュで品のよい演奏を聴かせてくれる。
ホスト役のOEKは昨年8月に首席客演指揮者に就任したユベール・スダーンのタクトで、ベートーヴェンの交響曲第7番をメインに、昨年スダーンと同団が委嘱初演した池辺晋一郎「この風の彼方へ」、さらにチャイコフスキーの幻想序曲「ロメオとジュリエット」を香港シンフォニエッタと合同演奏する(10/5)。
東京公演に先駆けて行われる郡山公演(10/4)は、OEKがプロコフィエフ(古典交響曲)、香港シンフォニエッタがモーツァルト(ツェン・ユーチンによるヴァイオリン協奏曲第5番)でエールを交わした後、「ロメオとジュリエット」、「ティル・オイレンシュピーゲルの愉快ないたずら」をスダーンとウィンシーが振り分け合同演奏する。他に10月3日には白河市内の小学校で、アウトリーチ活動として香港シンフォニエッタ楽団員数名による復興祈念演奏(関係者のみ/非公開)も予定されている。
文:江藤光紀
◎香港シンフォニエッタとオーケストラ・アンサンブル金沢による合同演奏会
2019.10/4(金)18:30 けんしん郡山文化センター(郡山市民文化センター)
◎オーケストラ・アンサンブル金沢(共演:香港シンフォニエッタ)
2019.10/5(土)18:00 東京オペラシティ コンサートホール
◎香港シンフォニエッタ
2019.10/6(日)14:00 東京オペラシティ コンサートホール
◎ジャカルタ・シティ・フィルハーモニック
2019.10/7(月)19:00 東京オペラシティ コンサートホール
問:日本オーケストラ連盟03-5610-7275
https://www.orchestra.or.jp/aow2019/