園田隆一郎(指揮)× 砂川涼子(ソプラノ)

日本を代表するロッシーニ歌手たちと指揮者が織りなすブッファの頂点

 この9月、藤原歌劇団は、新国立劇場と東京二期会との共催でロッシーニ作曲《ランスへの旅》を上演する。藤原歌劇団がこの作品を取り上げるのは2006年、15年に続く3回目。15人を超えるキャストには、藤原歌劇団員だけでなく、二期会やその他の団体からもロッシーニ巧者を揃える。指揮は日本におけるロッシーニのスペシャリストである園田隆一郎。
「《ランスへの旅》は、ロッシーニのオペラ創作期の中では最後の方に位置しており、それまでに彼が生み出したオペラのエッセンスが凝縮している。イタリア的なスタイルにおける頂点がこの作品だと言っていいと思います」

 さらに園田は、この作品がロッシーニの集大成であると同時に“新しい扉”を開いた作品でもあるということを、ローマの即興詩人コリンナ役にみる。
「フォルヴィル伯爵夫人が華麗なコロラトゥーラ満載の、これまでのロッシーニ音楽の頂点にあるような役だとすると、コリンナに求められるコロラトゥーラは、ベッリーニやドニゼッティにも通じるような幅のある、揺れるコロラトゥーラ。初演でコリンナを演じたジュディッタ・パスタが後に《ノルマ》や《夢遊病の女》を歌っていることからもわかるように、ロッシーニより後の時代のロマンティックな表情を持った役なのです」

 そのコリンナを、前々回・前回に引き続いて歌うのがソプラノの砂川涼子。
「ロッシーニ作品の中で私が歌えるものは限られているのですが、その中でもコリンナは、リリックな表現と声の技巧とのバランスがとてもよく、歌うたびに発見がある役です」

 ミミやヴィオレッタ、リューなど、悲劇的な役柄のイメージが強い砂川だが、園田は彼女のコメディエンヌとしての面に注目しているという。
「騎士ベルフィオーレがコリンナを口説く場面があるのですが、軽くあしらうところを見て、砂川さんはコメディの演技も素晴らしいなと。病気で死ぬ役ばかりじゃなくて(笑)、もっと色々な役をみてみたいです」

 砂川も次のように語る。
「デビューからレパートリーが大きく変わってはいないので、ありがたいことに“この役なら”というイメージを持っていただいていますが、ブッファ的で面白い役もやりたいという気持ちはあります。その点コリンナは演じ甲斐があります」

 近年、砂川はドラマティックな役柄を歌う機会もあり、その表現の奥行きが一層深まっているように感じるが、本人にその自覚はあるのだろうか。
「そのように感じていただけているのだとしたら、それは新たな役柄を歌うチャンスをいただけているということで有難いことですね。トスカ、蝶々さん、そして《ラインの黄金》のフライア…。私にとって挑戦となる役柄を歌うことで、歌や役に対する思いがはじけるところがあるのかもしれません。ただ、そうした挑戦の後には本来のレパートリーに戻ってくるというサイクルになっていて、自分の成長にとって良い巡り合わせになっているのではないかと思います」

 デビューの翌年にペーザロのロッシーニ・オペラ・フェスティバルで《ランスへの旅》を指揮した園田は、「ロッシーニが勉強したくてイタリアへ行った」というほどのロッシーニ好き。その魅力はどこにあるのだろうか。
「楽譜が比較的シンプルなので、そのまま再現しただけではロッシーニにはならないという特徴があります。テンポやフレーズの処理など、演奏者が自分で一工夫加えなければならない。そこがとても楽しいです」

 砂川も「楽譜に書いてある通りに歌うだけではなく、そこから音楽を作り上げるという情熱と創意が必要なのがロッシーニ。特に《ランス》にはそれを強く感じます」と同意する。

 「ロッシーニのスタイルを守った上で、そこからどう自分を表現するのか」という課題は、歌手にも指揮者にも共通。「アクロバティックなスポーツ選手のような気持ち」と砂川が言えば、「卓球やバドミントンの速いラリーをしているみたいな作品」と園田が返す。ロッシーニのロッシーニらしさがギュッと詰まったこの傑作オペラで、演奏家一人ひとりの個性と表現の妙を存分に楽しみたい。
取材・文:室田尚子 写真:野口 博
(ぶらあぼ2019年9月号より)

【Profile】
園田隆一郎

2006年シエナのキジアーナ夏季音楽週間《トスカ》でデビュー。翌年、藤原歌劇団《ラ・ボエーム》で日本デビュー。同年夏、ロッシーニ・オペラ・フェスティバル《ランスへの旅》を指揮。以降国内外のオペラ公演やオーケストラと共演を重ねる。東京藝術大学大学院修了。第16回五島記念文化賞オペラ新人賞、第16回齋藤秀雄メモリアル基金賞受賞。藤沢市民オペラ芸術監督。

砂川涼子
武蔵野音楽大学院修了。2001〜06年渡伊。第34回日伊声楽コンコルソ、第69回日本音楽コンクール第1位。第12回ザンドナイ国際声楽コンクールでザンドナイ賞受賞。藤原歌劇団の他、新国立劇場、日生劇場、びわ湖ホール等、全国で活躍する日本を代表するプリマ・ドンナ。第16回五島記念文化賞オペラ新人賞受賞。藤原歌劇団団員。

【Information】
藤原歌劇団公演(共催:新国立劇場・東京二期会)
ロッシーニ:オペラ《ランスへの旅》(字幕付き原語上演)

指揮:園田隆一郎 演出:松本重孝
合唱:藤原歌劇団合唱部、新国立劇場合唱団、二期会合唱団
管弦楽:東京フィルハーモニー交響楽団

配役
コリンナ:砂川涼子(9/5,9/7) 光岡暁恵(9/6,9/8)
メリベーア侯爵夫人:中島郁子(9/5,9/7) 富岡明子(9/6,9/8)
フォルヴィル伯爵夫人:佐藤美枝子(9/5,9/7) 横前奈緒(9/6,9/8)
コルテーゼ夫人:山口佳子(9/5,9/7) 坂口裕子(9/6,9/8)
騎士ベルフィオーレ:中井亮一(9/5,9/7) 糸賀修平(9/6,9/8)
リーベンスコフ伯爵:小堀勇介(9/5,9/7) 山本康寛(9/6,9/8)
シドニー卿:伊藤貴之(9/5,9/7) 小野寺 光(9/6,9/8)
ドン・プロフォンド:久保田真澄(9/5,9/7) 押川浩士(9/6,9/8)
トロンボノク男爵:谷 友博(9/5,9/7) 折江忠道(9/6,9/8)
ドン・アルヴァーロ:須藤慎吾(9/5,9/7) 上江隼人(9/6,9/8)
ドン・プルデンツィオ:三浦克次(9/5,9/7) 田島達也(9/6,9/8) 他

2019.9/5(木)、9/6(金)、9/7(土)、9/8(日) 各日14:00
新国立劇場オペラパレス
問:日本オペラ振興会チケットセンター03-6721-0874 
https://www.jof.or.jp/