【追悼】フランコ・ゼフィレッリ(1923-2019)

新国立劇場開場記念公演《アイーダ》カーテンコールより
撮影:三枝近志

 フランコ・ゼフィレッリが亡くなった。96歳という高齢だった。イタリアのフィレンツェに私生児として生まれ、ルキノ・ヴィスコンティの下で助手として働き、戦時中はパルチザンに身を投じて九死に一生を得るなど波瀾万丈の人生を送った。大ヒットした数々の映画を監督し、スカラ座やメトロポリタン歌劇場などの傑作舞台を手がけた名演出家でもあった。1998年には新国立劇場の開場記念公演《アイーダ》の舞台を新制作、その絢爛豪華で調和の取れた美しい舞台は、いまも語り草になっている。

 86年、63歳で『ゼッフィレッリ自伝』(語りをもとに編集 木村博江訳)を発表した。この自伝には、まるで冒険映画のようにわくわくさせる華麗な有名人との交流と、映画・オペラ界のトップに登りつめるまでの目も眩むようなサクセス・ストーリーが描かれている。無名の若者の野心と美貌に惹かれたココ・シャネルから、サイン入りのマティスの画集をプレゼントされ、それを少しずつ売って飢えをしのいだ話、マリア・カラスとの深い友情、リチャード・バートン&リズ・テーラーとの親しい交流、バーンスタインやドミンゴとの友情など、キラ星のような大スターたちやアーティストが彼の人生を彩った。

 ゼフィレッリが世界を舞台に成功できた一つの要因は、少年時代にイギリス女性に習った英語力だろう。戦争中はイギリス陸軍の通訳としても働いた経歴を持つ。そしてイタリア名貴族であるルキノ・ヴィスコンティから受けついだコネも幸いした(シャネルはヴィスコンティの恋人だったし、カラスはヴィスコンティに熱をあげ、一時はストーカーのように彼の行動を監視したらしい)。もちろん建築を学び絵の才能にも恵まれた才人なのだが。その後ゼフィレッリは師のもとを離れ、オペラ演出家として独立する。スカラ座の《アルジェのイタリア女》で成功を収めたのだ。以後スカラ座でカラス主演の《イタリアのトルコ人》(55)を演出、カラスとの縁を深めていく。58年にはダラスで《椿姫》、カラス最晩年の舞台となった64年、コヴェントガーデンでの《トスカ》のプレミエも手がけた。

 オペラ演出では伝説となった数々の名舞台が残されている。メトロポリタン歌劇場で絶賛され続けた《ラ・ボエーム》、今も使われている《トゥーランドット》(2作とも、もとはスカラ座)、スカラ座《アイーダ》、映画として創られたドミンゴ主演《椿姫》《オテロ》《カヴァレリア・ルスティカーナ》&《道化師》など。オペラで成功したあとは映画監督としても活躍し、オリヴィア・ハッセー主演の『ロメオとジュリエット』(68)は世界的大ヒットとなった。アッシジの聖フランチェスコを描いた『ブラザー・サン シスター・ムーン』『チャンプ』『トスカニーニ』、自伝的要素の強い『ムッソリーニとお茶を』、そしてカラスへの愛憎を綴った『永遠のマリア・カラス』(2002)が最後の監督作品となった。

 ゼフィレッリのオペラ&映画演出は、ヴィスコンティゆずりの本物指向の超オーソドックスな舞台作りであり、群衆を鮮やかに繰る華やかなスペクタクル的要素も特徴である。新国立劇場《アイーダ》は、のべ300人以上が舞台に乗る豪華版。数百人のエキストラ男性を自らすべてオーディションして決めたという。オペラ華やかなりし時代をキラキラと黄金の雨を撒き散らしながら駆け抜けた、正統派の大巨匠、それがゼフィレッリだった。
文:石戸谷結子

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