大野和士(指揮)

特別な機会に響く渾身の「第九」

C)May Zircus

 世界的指揮者・大野和士は、この7月、手兵バルセロナ交響楽団と共に、Bunkamura30周年の記念公演を行う。24年ぶりに来日する同楽団はスペインの代表格の一つ。大野は2015年9月から音楽監督を務めている。

「12年に初共演した際の公演がその年のベストだったことから『ぜひ』とオファーを受けてこのポストに就任しました。マーラーの交響曲、宗教曲と声楽付きの作品、オペラティックな作品を軸にしながら、ショスタコーヴィチやブラームスの交響曲など様々なレパートリーを演奏しています。キリスト教発祥の地から陸路で北ヨーロッパに抜ける途中に位置するバルセロナは、人々が行き交う場所。ゆえに同楽団もスペイン=ラテン的という言葉では片付けられないキャラクターを持っています。しかも20ヵ国の楽員で構成されていますから、国際性とフレキシビリティが豊かであり、また同時にガウディの建築など当地特有の基盤の上にそびえ立つような、立体感のあるサウンドも有しています」 

邦楽と西洋音楽の邂逅〜斬新な三味線協奏曲を

 演目ではまずファビア・サントコフスキーの「2つの三味線のための協奏曲」(三味線:吉田兄弟。5月に現地で世界初演)が注目される。

「サントコフスキーはカタルーニャの30歳の作曲家で、この曲は元々バルセロナ響の演奏会用の委嘱作です。しかし彼は、吉田兄弟の弟の健一さんが現地でワークショップをされた際に会って気心を通じ合い、兄弟デュオの活動を知って2台の三味線のための曲を書くことにしました。さらにサントコフスキーは日本文化の大ファンで、谷崎潤一郎の『陰翳礼讃』の“翳の中に美を見出す”感性に魅力を感じ、三味線にもそうした美意識を見出しました。従って本作には、静寂の中で三味線がバッと1音だけ発するような効果や多彩な音色が満載です。また管弦楽の部分には、カタルーニャ出身の巨匠カザルスゆかりの『鳥の歌』のイメージ─鳥の声や羽ばたく音など─が反映されています」

 このカザルスの象徴が曲に入ることで、後半のベートーヴェン「第九」交響曲との関連性が生まれるという。
「戦時中にカザルスが当地でフェスティバル・オーケストラを振っていた時、フランコがカタルーニャの境界を越えて来たと聞いて指揮を止めました。そして楽員の希望で演奏した後、二度とスペインに戻りませんでした。その時の演目が『第九』で、そのオーケストラがバルセロナ響の母体なのです。それゆえ同楽団は特別な機会に『第九』を演奏していますから、Bunkamuraの30周年を記念して鳥の声が含まれた曲と共に披露するのはこの曲をおいて他にないと考えました」

「歓喜に寄す」の美しさと躍動を共に体験したい

 「第九」はむろん曲自体が特別だ。
「『全ての人々よ抱き合え』『全ての人々は兄弟である』という一節は、ベートーヴェンの思想の根幹を成しており、彼はそうした人類愛を終生訴えかけようとしていました。『第九』は、身体的な困難を超克した音楽家としての人生そのものであり、人々が音楽を聴くことで共感を抱くという哲学の表れだと思います。ですから相当気合を入れて臨まないといけません。そこで今回強調したいのは、“この7月24日こそ『第九』の本質を聴くことができる。苦しみを乗り越えたからこそ生まれる『歓喜に寄す』の美しさと躍動を共に体験しようではないか”ということです」

 合唱は東京オペラシンガーズ、ソリストにはジェニファー・ウィルソン、加納悦子、デヴィッド・ポメロイ、妻屋秀和が参加する。

 大野にとってBunkamuraオーチャードホールは、「記念碑的な機会に再三演奏してきた」特別な存在でもある。新たに加わるこの記念碑を、皆こぞって体験したい。
取材・文:柴田克彦
(ぶらあぼ2019年6月号より)

Bunkamura 30周年記念 大野和士(指揮)バルセロナ交響楽団
2019.7/24(水)19:00 Bunkamuraオーチャードホール
問:Bunkamuraチケットセンター03-3477-9999 
https://www.bunkamura.co.jp/

他公演(夏の第九 Hiroshima 2019)
2019.8/1(木)広島文化学園HBGホール(広島テレビイベントインフォメーションセンター082-567-2500)

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