最高の声が最高に熟したタイミングで、最高の伴奏者と
不思議な縁だ。筆者はこのインタビューの依頼を受ける直前まで、あるホールで笛田博昭の歌に酔っていた。倍音を伴った圧倒的で質感の高い響きから整ったフォームまで、すべてが従来の日本人テノールを超えている。リサイタルが待ち遠しい──と思った矢先、当人に抱負を聞く任を賜ったのである。
まず、ピアノがヴィンチェンツォ・スカレーラというのに驚く。フローレスの伴奏も必ず彼だという、世界最高峰の伴奏者だ。
「共演して気に入ってもらい、僕の仕事なら喜んでやってあげると言ってもらったんです」
そんな笛田は天賦の才に恵まれてもいた。
「子どものころから“立派な声だ”と言われましたが、高校2年の音楽の授業で“三大テノール”の映像を観てパヴァロッティの〈誰も寝てはならぬ〉に感動し、自分もあんな声を出したいと思いました。翌年、地元新潟のコンクールを受け、まともにレッスンを受けたこともないのに高校生の部で優勝したんです」
本格的に歌を学んだのは、名古屋芸大に入学してから。
「中島基晴先生から声を出す基本を徹底的に教わり、2009年からイタリアで師事したリナ・ヴァスタ先生には、声を息に乗せることを学びました。現在のトレーナーである五十嵐麻利江さんには、それまで体を閉じて声を集めていたのを“開けなさい”と言われ、最初は戸惑いましたが一段レベルアップしたと思います」
ボディのある声に恵まれたことも幸いした。
「中島先生から最初に渡された曲が《アドリアーナ・ルクヴルール》のアリア。むしろ、今のほうが軽いものを歌っています。ベルカントで歌おうと思うと重い曲は避けたくなるんですね。僕のように重い曲から軽い曲へというのは普通と逆ですが、それがよかった。自分の体の楽器が形になって、初めてベルカントものができると思うので」
ベルカント系のオペラに関しては、一昨年、《ノルマ》でデヴィーアと共演し、「こんなに後光が差す位置から声を出すんだ、というのがわかって衝撃でした」
こうして力強い声を自在に操れるに至った最高のタイミングで開かれるのが、今回のリサイタルだ。
「トスティ〈アマランタの4つのカンツォーネ〉は、4曲続けて聴いてこそ意味がある。字幕もつくので、じっくり味わってほしい。マスネはスカレーラの勧めもあって。《運命の力》はヘビーですが、実は一番好きなオペラです。《仮面舞踏会》は今の等身大の僕にぴったりなんです」
スカレーラの伴奏を得ての“化学変化”も楽しみだ。
「彼のピアノはあっさりしているのに素晴らしい。間の取り方が絶妙なんです。僕も“間の取り方がうまくなったな”と思われる歌い方が、彼とならできる気がします」
今後、海外進出も考えるという。もちろん、この素晴らしいテノールを日本人が独り占めしては、イタリア人に申しわけない。
取材・文:香原斗志
(ぶらあぼ2019年6月号より)
笛田博昭 & ヴィンチェンツォ・スカレーラ リサイタル〜ベルカントの響きに包まれて〜
2019.6/9(日)15:00 テアトロ・ジーリオ・ショウワ
問:日本オペラ振興会チケットセンター03-6721-0874
https://www.jof.or.jp/