【ゲネプロレポート】新国立劇場《フィレンツェの悲劇》《ジャンニ・スキッキ》(新制作)

人間の欲望をテーマとする1幕仕立てのオペラをダブルビルで上演

 歌劇場では、短いオペラを並べて一晩のステージを作ることがある。いわゆる、ダブルビルと呼ばれる上演形態である。もとは映画の2本立て(double bill)を意味する英語だが、今ではイタリアやフランスでも使われる一般的な表現になっている。

 今回、新国立劇場のオペラ芸術監督・大野和士が打ち出した「ダブルビル・シリーズ」は、その組み合わせの妙を深く追究しようという新企画。2年に一度、複数のオペラを斬新に取り合わせる試みだが、初年度は20世紀初頭の2作、ツェムリンスキーの《フィレンツェの悲劇》(1917年初演)とプッチーニの《ジャンニ・スキッキ》(1918年初演)がカップリングされた。どちらも、ルネサンス文化の中心地フィレンツェを舞台に“人間の欲望”を描くもの。作曲時期もほぼ同じであり、比べるポイントには事欠かない。4月5日のゲネプロ(最終総稽古)をじっくり眺めてみた。
(2019.4/5 新国立劇場 取材・文:岸 純信(オペラ研究家) 撮影:寺司正彦 提供:新国立劇場)

 最初の《フィレンツェの悲劇》のあらすじは次の通り。商人シモーネの妻ビアンカが、夫の出張中に大公の息子グイードと浮気にいそしんでいると、そこにシモーネ当人が帰宅。ただならぬ気配に気づいた夫は、当初、落ち着いた物腰で二人と対話を続けるが、ついには憎悪の念を抑えきれず公子と剣でやり合うことに。ビアンカは夫の死を願うが、最後にはシモーネがグイードを絞殺。夫の逞しさに妻が惚れ直すという予想外の結末で幕となる。

撮影:寺司正彦 提供:新国立劇場

撮影:寺司正彦 提供:新国立劇場

 演出の粟國淳は、この三角関係のドラマにおいて、観客が音楽の訴えにひたすら耳を傾けるべく舞台を造型したよう。横田あつみの美術が半壊した館で退廃的な境地を強調するなか、夫が忍耐強く口を開く前半部では、大島祐夫(照明)の繊細な光具合も寄与して、オラトリオを思わせる“抑圧ゆえの静けさ”が支配的になった。しかし、妻と浮気相手が愛欲を語らう二重唱では、ツェムリンスキーの極彩色のオーケストレーションが官能性を一気に醸し出し、メロディアスで聴きやすい音運びが場内を掌握。テノールのヴセヴォロド・グリヴノフ(グイード)の声の耀きとソプラノの齊藤純子(ビアンカ)の抑えた声音も好対照をなしていた。

撮影:寺司正彦 提供:新国立劇場

 そして主役のシモーネを演じたバスバリトンのセルゲイ・レイフェルクスも、70代という実年齢を感じさせない剛直な声音で客席の耳を釘付けに。控え目に歌っても出てしまう“声の圧”が、裏切られた男の怒りが湧き上がるさまを雄弁に映し出し、グイードの苛立ちを受けて剣を取る辺りからは、熱気をヒートアップさせて物語の覇者に転じ、愛人の死体が目の前にあるにもかかわらず、妻が夫への性的欲求を覚えてしまうという驚きのエンディングに説得力を与えていた。

撮影:寺司正彦 提供:新国立劇場

撮影:寺司正彦 提供:新国立劇場

 沼尻竜典の指揮は非常に流麗なもの。拙速に陥らずに進めるので東京フィルハーモニー交響楽団の各パートの音色がそれぞれくっきりと浮かび上がり、弦のソロの滑らかな美感やチェレスタ、グロッケンシュピールの涼やかさも明瞭に伝わってきた。また、クライマックスでリヒャルト・シュトラウスの《サロメ》由来の音型が鳴り渡る瞬間は、“流血の果ての恍惚感”としてファン層の心をくすぐる一節と思うが、今回は沼尻の棒がひときわ鮮烈に奏でていたので、その旨も記しておきたい。

 続いての《ジャンニ・スキッキ》は、富豪の遺産を巡って一族が争うなか、よそ者のスキッキが最終的にせしめてしまうというオペラ。今回は、粟國の肌理細やかな演出プランのもとで、横田の舞台美術が、ガリバー旅行記の如く巨大な調度品をステージに並べて欲まみれての人間の矮小さを強調。重要なアイテムである遺言書の“見せ方”も際立ち、歌手15名と助演者(亡くなった資産家ブオーゾ役)の丁々発止のやりとり(増田恵美の衣裳が人物像を巧みに補強)も重層的に浮かび上がってきた。

撮影:寺司正彦 提供:新国立劇場

撮影:寺司正彦 提供:新国立劇場

 その中で一点、特に筆者の目を惹いたのは、青年リヌッチョ(テノールの村上敏明が熱演)がアリア〈フィレンツェは花咲く樹のよう〉を歌い始める寸前のひとこまである。ここは調性が激変する箇所なので、作曲者も譜面にフェルマータを置いて必ず一呼吸入れるよう指定しているが、粟國がこの場で青年にギターを背負わせる仕草を与えたことで間合いが十分に取られ、沼尻の指揮もそれに見事に合わせたので、客席が“絶妙なる展開術”を目の当たりにすることに。隠れた名場面と呼びたくなるほどに、すべてのタイミングがはまる瞬間になっていた。

撮影:寺司正彦 提供:新国立劇場

撮影:寺司正彦 提供:新国立劇場

撮影:寺司正彦 提供:新国立劇場

 歌手勢ではやはり、タイトルロールを務める名バリトンのカルロス・アルバレスの堂々たる演唱が最も光るものに。声量は豊か、声音の色付けも緻密、動きも引き締まっているので資産家一族の下世話な言葉にも敏捷に反応するが、それでもやり過ぎることが無いのが一流の舞台人の証である。ソプラノの砂川涼子が歌う愛娘ラウレッタのアリア〈私のお父様〉でも、彼女の円やかな弧線状のフレージングに観客が耳をそばだてるよう、自然な存在感を崩さず振る舞い、親子の情愛も濃く表出させていた。
 邦人勢も健闘。青地英幸(ゲラルド)の鋭敏な歌いぶり、大塚博章(シモーネ)の声の通りの良さ、針生美智子(ネッラ)の愛嬌ある表現法を特筆しておきたい。

撮影:寺司正彦 提供:新国立劇場

撮影:寺司正彦 提供:新国立劇場

撮影:寺司正彦 提供:新国立劇場

撮影:寺司正彦 提供:新国立劇場

撮影:寺司正彦 提供:新国立劇場

【公演情報】
新国立劇場 《フィレンツェの悲劇》《ジャンニ・スキッキ》(新制作)

2019.4/7(日)14:00、4/10(水)19:00、4/14(日)14:00、4/17(水)14:00
新国立劇場 オペラパレス

指揮:沼尻竜典
演出:粟國 淳
管弦楽:東京フィルハーモニー交響楽団

配役:
《フィレンツェの悲劇》
グイード・バルディ:ヴゼヴォロド・グリヴノフ
シモーネ:セルゲイ・レイフェルクス
ビアンカ:齊藤純子

《ジャンニ・スキッキ》
ジャンニ・スキッキ:カルロス・アルバレス
ラウレッタ:砂川涼子
ツィータ:寺谷千枝子
リヌッチョ:村上敏明
ゲラルド:青地英幸
ネッラ:針生美智子
ゲラルディーノ:吉原圭子
ベット・ディ・シーニャ:志村文彦
シモーネ:大塚博章
マルコ:吉川健一
チェスカ:中島郁子
スピネッロッチョ先生:鹿野由之
アマンティオ・ディ・ニコーラオ:大久保光哉
ピネッリーノ:松中哲平
グッチョ:水野秀樹

問:新国立劇場ボックスオフィス03-5352-9999
https://www.nntt.jac.go.jp/opera/
https://www.nntt.jac.go.jp/opera/giannischicchi/

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