横山恵子●ソプラノ

ブリュンヒルデは強いだけの女性でなくかわいい人だと感じています

 神奈川県民ホール、びわ湖ホール、東京二期会などによる共同制作オペラ・シリーズ。この9月に第7弾となる《ワルキューレ》が上演される。今回は、神奈川フィルハーモニー管弦楽団と日本センチュリー交響楽団による合同オーケストラを編成。指揮は、びわ湖ホール芸術監督であり、今年8月からドイツ・リューベック歌劇場音楽総監督に就任する沼尻竜典。演出には、2009年に東京二期会《カプリッチョ》で沼尻とタッグを組んだジョエル・ローウェルスが登場。新演出でのぞむ。

今回の《ワルキューレ》でブリュンヒルデを歌うのが、2008年にローウェルス演出の二期会公演で同役を歌って好評を博した横山恵子だ。彼女は、ブリュンヒルデという役についてどんな考えをもっているのだろうか。
「2008年にローウェルスさんの演出で《ワルキューレ》に出演した時、ブリュンヒルデはよくいわれるような怖い女性ではなく、かわいい人だと感じました。確かに、強くて勇ましくて正義感がありますが、それを外にむけて出すのではなく、内面的な強さとして演じることを求められ、私自身、そういうところにとても共感したのです」
そう語る横山恵子自身が、華やかなヴィジュアルの中に、少女のような可憐さを感じさせる女性だ。ブリュンヒルデだけでなく、トゥーランドットやアイーダを歌うドラマティックな声の持ち主だから、ただかわいいだけではない、内側にしっかりとした強さをもった歌手であることは間違いないのだが。

「私は、とても動物的なのです」
また、謎めいた言葉が飛び出した。
「最初の譜読みに時間がかかるのです。でも、いったん音が自分の中に入ってしまえば、作品の世界の中にすんなり馴染んでいけます。ワーグナーは曲自体も長いですし、それにピアノ・スコアだと、自分の歌う旋律が(ピアノ)伴奏部分に含まれていないので、最初はとても難しいと思っていたのですが、いざ、“ワーグナー・ワールド”の中に入ってしまったら、逆に大好きになりました」
つまり、最初は警戒して慣れるまでに時間がかかるが、いったん親しくなってしまうととことん相手の懐に入り込んでしまう猫のような存在。だから、横山恵子は、いつもどんな舞台でも「役そのもの」として存在しているのだ。ならば、その「〜ワールドに入る」ために、彼女はどのような努力をしているのだろう。
「私がしなければならないのは、楽譜を読み込んで歌詞を解釈し、それを声で表現できるようにすることです。それができれば、歌い手の仕事は半分は終わっています」
けれども、自分が解釈し身につけた役のイメージと、いざ稽古に入って演出家や指揮者に求められたものが異なる場合はどうするのか。

「どんな解釈を要求されても、それにこたえます。歌い手の仕事というのは、求められたことを自分の歌できちんと表現することなのです。指揮者には指揮者の、演出家には演出家の仕事がある。舞台というやり直しのきかない場所で、プロ同士がそれぞれ最大の力を出して行なう共同作業。それがオペラです。ワクワクしませんか」
なるほど、この人は根っからの舞台人なのだ。聞けば彼女が舞台に目覚めたのは、幼い時から好きだった宝塚歌劇だという。宝塚デビューは断念したが、「宝塚以外で舞台に立てる方法はなんだろう」と考えて、音楽高校から東京音大の声楽科に進んだ。しかし在学中はオペラ専攻に残念ながら進めず、その反動で二期会研修所では「水を得た魚のように」オペラに没頭した。自分とは違う人間を演じるのが楽しくて仕方がなかった、と語る彼女の瞳が熱を帯びてキラキラと輝く。

「アニメのキャラクターで例えると、『魔法使いサリー』のサリーちゃんじゃなくて、私は姉御肌なよし子ちゃんのキャラクターなんです(笑)。色んなアイディアを思いついてそれを実行に移すのが大好き。失敗してもへこたれない。ひとつのイメージに固まってしまいたくない」

そんな横山恵子のヨーロッパ・デビューは、バイエルン州立コーブルク劇場でのヴェルディ《ドン・カルロ》のエリザベッタ役。右も左もわからないヨーロッパの劇場で、まわりに助けられながら演じたこの役を、彼女は来年再び、二期会の舞台で歌う。デビュー以来、満を持しての再挑戦となるエリザベッタを「また歌えるのが嬉しい!」と素直に喜ぶ彼女。そういえば、ブリュンヒルデも2度目だ。

「前回は本当に必死の挑戦でした。今回は、その時よりよく演じたい。より深い役作り、より濃い表現でお届けしたいと思っています」
骨の髄まで演じることが好きな「歌う女優」が、本気のワーグナーを私たちにみせてくれる日はもうすぐだ。

取材・文:室田尚子 写真:青柳 聡
(ぶらあぼ2013年8月号から)

神奈川県民ホール・びわ湖ホール・東京二期会・
神奈川フィルハーモニー管弦楽団・日本センチュリー交響楽団 共同制作公演
ワーグナー《ワルキューレ》
指揮:沼尻竜典
演出:ジョエル・ローウェルス
管弦楽:神奈川フィルハーモニー管弦楽団&
    日本センチュリー交響楽団による合同オーケストラ
★9月14日(土)、15日(日)14:00・神奈川県民ホール
★9月21日(土)、22日(日)14:00・びわ湖ホール

問:チケットかながわ045-662-8866
http://www.kanagawa-arts.or.jp/tc
びわ湖ホールチケットセンター077-523-7136
http://www.biwako-hall.or.jp