安田麻佑子(ソプラノ)

C)Jean Baptiste Millot
 オペラ歌手にとって最大の勲章は、本場ヨーロッパで認められることだろう。野球選手もサッカー選手も認められたくて本場に繰り出すが、オペラ歌手の場合、むしろスポーツよりも狭き門になっている。それだけに、パリを拠点に活躍する安田麻佑子には価値がある。彼女がよこすか芸術劇場で歌う《魔笛》の夜の女王は、数少ない日本の成功者の凱旋公演としても、聴きのがすのはもったいない。
「夜の女王のアリアは都立芸術高校3年のときに校内で歌って以来、数えきれないほど歌ってきました。短い登場時間のなかで集中しなければいけない役で、陸上競技ならマラソン選手ではなくスプリンター。声楽的には大変ですが、私のオペラ人生の大切な一部です。記憶に新しいのは2015年2月、フィラルモニー・ドゥ・パリのオープン直後の公演で、できたばかりの美しい舞台でした」
 重要なホールでの記念すべき公演に、夜の女王役で起用される安田。むろん現地での活躍はめざましい。
「昨年は日仏の歌曲を軸に初のCD『エスタンプ』をフランスでリリースし、そのキャンペーンでフランス各地とイタリアでリサイタルをおこなったほか、ボルドー歌劇場でオペラ・ガラ、パリのシャンゼリゼ劇場やカーン歌劇場で《カルメル派修道女の対話》に出演するなどしました。フランス語のディクションや細かい描写、感覚的な表現は、パリにいてこそ身につけられたものだと実感します」
 しかし、《魔笛》の歌詞はドイツ語だ。
「ストラスブールのオペラ研修所にいたときから、イタリア・オペラはイタリア人、ドイツ・オペラはドイツ人のコレペティトゥアという具合に、さまざまな国の方とじっくり勉強する機会に恵まれていたのです」
 とりわけモーツァルトは、安田と切っても切り離せない。
「モーツァルトの作品はどの音も欠かせないし、洗練されています。だからでしょうか、自分が音楽の一部になれたように感じることがあります。自分が出した音がほかの歌手の声や楽器と合わさった瞬間に、化学反応が起きて火花が飛ぶような感覚で、その瞬間、大きな喜びを覚えます」
 そんな体験をヨーロッパで重ねてきた安田にとって、日本はむしろ新鮮だ。
「日本で演出がつくオペラを歌うのは初めて。慣れ親しんだ夜の女王役にも、新しく勉強する気持ちで挑みます。指揮の川瀬賢太郎さんも演出の宮本亜門さんもご一緒するのが楽しみで、ビビッドで、エネルギッシュで、キラキラした《魔笛》になる予感がしています。お二人とともに、きっと新しい夜の女王像にめぐり会えるはずだと、とても楽しみにしています」
 新しい夜の女王像――。安田のなかには、すでにイメージがあるようだ。
「どうしても声楽的な部分に注目が集まる役ですが、制約があるなかで、少しでも夜の女王の人柄を演じられればと思っています」
 凡百の歌手が声楽的にあくせくするのをよそに、役の人柄を意識できるのも、本場で活躍する者ならではの余裕だろう。
取材・文:香原斗志
(ぶらあぼ2018年2月号より)

神奈川県民ホール・オペラ・シリーズ2018 出張公演
モーツァルト《魔笛》
2018.3/11(日)14:00 よこすか芸術劇場
2018.3/18(日)14:00 相模女子大学グリーンホール
問:チケットかながわ0570-015-415
http://www.kanagawa-kenminhall.com/