新スター登場! ディミトリー・コルチャック新国立劇場《ウェルテル》で大成功!!

 新国立劇場で上演中のマスネ作曲《ウェルテル》でタイトルロールを演じ、初日から圧倒的な存在感で聴衆を魅了したロシア人テノール歌手ディミトリー・コルチャック。日本でオペラの舞台に立つのはこれが初めてで、ほとんどの聴衆がノーマークだったはずだが(怪我で急遽降板したマルチェッロ・ジョルダーニの代役)、シルクを思わせる質感の高音と勇敢な歌唱で登場人物に首尾一貫した性格を与え、ロマン派の「恋の囚われ人」を舞台に登場せしめた。ドラマティックでありながらどこまでも高貴で、あらゆる瞬間に薫るような気品を感じさせ、鬱蒼と歌われることの多い「オシアンの歌」では眩しいほどの若々しさを振りまいた。美声を引き立てる素晴らしいルックスの持ち主で、背丈もあり、19世紀の貴族の衣装がとても似合う。横顔の美しさは絵のようで、かような男性に愛される相手役の女性の気持ちはどんなものだろう…と羨ましく思わずにはいられないほどだった。
 モーツァルトやロッシーニ、ドニゼッティのベルカントのレパートリーでキャリアを積み、ミラノ・スカラ座やパリ・オペラ座、メトロポリタン歌劇場、英国ロイヤル・オペラなどメジャーな国際的舞台に飛躍したコルチャック。
 10月にマリインスキー・オペラで再び日本の舞台に立ち、ゲルギエフの指揮で《エフゲニー・オネーギン》のレンスキーを歌う。これはまさにコルチャックのために書かれたようなパートだ。ロマンティックでプライド高く、婚約者オルガを誘惑したオネーギンに決闘を申し込んで若い命を落とす。純粋さゆえに自らの情熱を欺くことができず、儚く散る悲劇の青年は《ウェルテル》とも通じる。決闘の前にレンスキーが恋人オルガと短い人生を想いながら切々と歌う「わが青春の輝ける日々よ」は、コルチャックの魅力が炸裂するハイライトのアリアだ。21世紀を生きる若手歌手である彼が、いとも自然に19世紀の小説の詩人になりきれるのは、並外れた演劇的知性ゆえだろう。美声・美貌・演技力と艶やかなカリスマ性を備えた、新しいスターの登場である。
文:小田島久恵(音楽ジャーナリスト)

《セビリアの理髪師》より
《セビリアの理髪師》より

《チェネレントラ》より
《チェネレントラ》より