小倉貴久子(フォルテピアノ)

フォルテピアノが映し出すシューマン夫妻の内面

© 遠藤倫生
© 遠藤倫生
 チェンバロやフォルテピアノなど、作曲家が生きていた“時代楽器”でバッハやモーツァルトの作品が演奏されるようになって久しい。だが19世紀ロマン派のレパートリーについては、世界的に見てもまだ始まったばかり。小倉貴久子はシューマン夫妻の作品を当時のフォルテピアノでいち早く収録し、アルバム『星の冠〜ロベルト&クララ シューマン』をリリースした。使用したのは、夫妻が親しんでいたウィーン式アクションによるJ.B.シュトライヒャーの楽器。小倉自身が所蔵する1845年製のフォルテピアノだ。
「楽器と作品とは密接に関係しています。当時の楽器で弾いたとたん、作曲家が楽譜に書いた記号の本当の意味が、いきいきと伝わってくるのです。ドイツ語の子音のようにはっきりと発音し、平行に張られた弦が多声部をすっきりと響かせる—— そんなJ.B.シュトライヒャーのピアノでシューマン夫妻の作品を録音したいと思いました。10年ほど前に入手した楽器ですが、数年前にこのピアノに合う弦を見つけ、張り替えをし、馴染んできたところです」
 アルバムはクララとロベルトの作品が交互に並ぶ。「クララの『前奏曲とフーガ』は、夫妻が仲睦まじく研究していたバッハの影響を受けた作品です。形式こそバロックですが、アイディアは完全にロマンティックです。『クライスレリアーナ』は文学青年だったロベルトが、愛するクララ一人のために、音楽でしか表せない思いを込めた作品。フォルテピアノならではの親密な響きでこの曲を聴いていただきたいです。続くクララの『ロベルト・シューマンの主題による変奏曲』は、最後に2人で過ごしたロベルトの誕生日に贈られた作品です。その数ヵ月後に、ロベルトはライン川に投身自殺をはかります。すでに精神を病んでいたロベルトと自分の未来を予感し、クララは愛する夫の名を世に残そうと、この曲を書いたのかもしれません。ロベルトの名曲『幻想曲』は、私が学生時代から人生の節目に弾いてきた作品です。いつかCDにしたいと願ってきました。クララの『変奏曲』の最後は、第3楽章との共通点を感じます。もともとこの楽章に付けられていたロベルトの言葉『Sternbild 星の冠』を、このアルバムタイトルにしました」
 前作のモーツァルト作品集『輪舞』に続き、小倉が「作曲家のプライベートに立ち入るかのような親密さ」をコンセプトにしたというアルバムだ。大切な人を想いながらゆっくりと耳を傾けたい。
取材・文:飯田有抄
(ぶらあぼ + Danza inside 2016年2月号から)

CD
『星の冠(シュテルンビルト)〜ロベルト&クララ シューマン〜』
コジマ録音
ALCD-1153
¥2800+税