渡邊方子(チェロ)

歌心と技巧の両方で魅了するN響の人気奏者

Photo:Junichi Ohno
Photo:Junichi Ohno

「チェロは、音色的にも、音域的にも、歌いやすい楽器だと思います。その特性をいかし、流れるようなストーリー性のあるアルバム作りを目指しました」
 そう朗らかに語るのは、チェリストの渡邊方子。2010年からNHK交響楽団の団員として活躍中なので、会場やテレビでご覧になった方も多いだろう。オーケストラ公演が毎月ほぼ10回以上ある多忙な中で制作されたデビュー盤『オリエンタル』には、サン=サーンス「白鳥」、ラフマニノフ「ヴォカリーズ」、チャイコフスキー「メロディー」、メンデルスゾーン「歌の翼に」など、流麗な情感の名曲を中心に13曲を収録。艶やかで芯のある音色と安定感のある技巧で、各曲を巧みに弾き分けているのが素晴らしい。ピアノは小森谷裕子が務めた。
 収録曲の中で渡邊が格別の思い入れを持つのが、ドヴォルザーク「我が母の教えたまいし歌」だ。
「5歳でチェロを始め、桐朋学園大学で学んだ私は、卒業後アメリカに留学。アルド・パリソー、ヤーノシュ・シュタルケルという素晴らしい先生方に恵まれましたが、当初は言葉や文化の違いに悩まされました。ドヴォルザークもニューヨークの音楽院長として渡米し、望郷の念に満ちた名曲を残した人でしたから、共感する部分が多くて。この作品は渡米前に書かれたものですが、老いた母への愛と感謝を綴った名旋律は、彼の作風の真骨頂だと思います」
 当盤では、チェロのこうした“歌謡性”だけでなく、“技巧的な可能性”も追求されている。
「カサド『緑の悪魔の踊り』、ショパン『華麗なるポロネーズ』、ダヴィドフ『泉のほとり』が、それにあたります。『緑の〜』は技巧的小品の定番で、作曲者自身の愛奏曲でもありました。『華麗なる〜』は若き日のショパンの瑞々しい覇気とロマンティシズムが魅力。『泉の〜』は、チャイコフスキーが“チェロの帝王”と讃えた名手ダヴィドフが、作曲者としても一流だったことがよくわかります」
 「ソロ、室内楽、オーケストラと、多彩に活躍した恩師シュタルケルの影響で、ごく自然にN響の扉を叩けました」という渡邊。N響で共演した指揮者から多くの示唆を得たそうだ。
「特に刺激を受けたのが、ネヴィル・マリナーとワレリー・ゲルギエフ。解釈は対極的ですが、双方から私には及びもつかない音楽の構築方法を教わりました。私は、まだN響における経験が浅いのですが、今回の録音を通じ、その経験が自分の音楽をいかに豊かにしてくれているかに気づくことができました」
取材・文:渡辺謙太郎
(ぶらあぼ + Danza inside 2015年12月号から)



CD
『オリエンタル』
マイスター・ミュージック
MM-3063
¥3000+税
11/25(水)発売