バッハを“敬虔で日常的な祈り”のように感じる
日本チェロ界の重鎮・安田謙一郎。幼少期から桐朋学園の創始者・齋藤秀雄に師事し、その後もロストロポーヴィチ、フルニエ、カサドら錚々たる巨匠の薫陶を受けた。1966年にはチャイコフスキー国際コンクールで第3位入賞を果たし、齋藤の死後は後任として桐朋学園で後進を指導。また、サイトウ・キネン・オーケストラや水戸室内管弦楽団などでも活躍した。このような輝かしい経歴を持っている安田だが、意外にもソロをじっくりと聴ける機会は決して多くなかった。
そんな安田が、今年の「東京・春・音楽祭」で2夜にわたりJ.S.バッハの「無伴奏チェロ組曲」を全曲演奏し、骨太で思慮深い解釈の熱演を展開した。安田がこの大曲をコンサートで披露するにあたり、「楽譜全体を改めて読み直すいい機会になった」ということで満を持して実現したのが、7月にマイスター・ミュージックよりリリースされた同タイトルのアルバムだ。同曲の録音は40年ぶりだという。
「40年前に日本コロムビアで録音したのですが、現在は廃盤で僕も現物(LP)を持っていなくて。当時は帰国前後の多忙な時期で編集作業に立ち会えなかったのが心残りだったので、今回はその時間を十分にとることができて嬉しかったです」
J.S.バッハに長年取り組む中で、これまでに学んだ恩師たちからの影響を彼は次のように語る。
「齋藤先生とフルニエ先生はどちらもドイツ人ではありませんが、バッハをいかに“正統なドイツ風”に弾くかにこだわり続けた方。ロストロポーヴィチ先生とカサド先生はその対極で、“自分だけのバッハ”を追及していたように思います。僕の解釈は刻々と変化していますが、今回は後者寄りかもしれませんね」
前回の録音と比べて解釈が変化した部分はあったのだろうか。
「前回は一つひとつの音をチェンバロのように響かせたくて、左手を均質に揃えて弾いていたのですが、今回はそれにとらわれず、自由に弾いてみました。僕はバッハの音楽を“敬虔で日常的な祈り”のように感じているので、時を経る中で少しはその理想に近づけていたらよいのですが」
マイスター・ミュージックでの録音は、昨年11月に発表した愛弟子・藤村俊介との共演盤『チェロ・デュオ』に続き、今回で2度目となる安田。同社とはソロ第2弾も計画中というから楽しみだ。
取材・文:渡辺謙太郎
(ぶらあぼ + Danza inside 2015年9月号から)
【CD】
『J.S.バッハ 無伴奏チェロ組曲(全曲)』
マイスター・ミュージック
MM-3053-54(2枚組)
¥3790+税