第9回仙台国際音楽コンクール ピアノ部門優勝者 エリザヴェータ・ウクラインスカヤに聞く

6月14日からスタートした第9回仙台国際音楽コンクール ピアノ部門。11歳の天野薫さんが同コンクール史上最年少進出を決めたことでも注目を集めたファイナル(6/26~6/28)では、6人のコンテスタントが十人十色の好演を披露し、会場は大きな盛り上がりを見せました。
そして見事第1位に輝いたのが、1996年生まれの28歳、ロシア出身のエリザヴェータ・ウクラインスカヤ(Elizaveta UKRAINSKAIA)さん。ファイナルではチャイコフスキーの協奏曲第1番を取り上げ、端正かつ情感あふれる演奏で客席を沸かせました。最終日、日中の入賞者記念ガラコンサートと優勝者合同取材を終え、ほっと一息のウクラインスカヤさん。夜に行われるコンクール最後のイベント「さよならパーティー」を前に、音楽ライターの高坂はる香さんにお話を聞いていただきました。
(2025.6/29 仙台市内某所)
エリザヴェータ・ウクラインスカヤ

――ファイナルのモーツァルトのピアノ協奏曲ハ長調 K.467では自作のカデンツァを披露されましたが、作曲家でもある野平一郎審査委員長が「とても奇抜で、彼女の音楽的な考えによく合っていると感じた」と評価されていました。

 とても光栄です! 3楽章のカデンツァは日本に来てから書いたもので、マエストロ高関に渡すため、パソコンで5時間かけて楽譜を作りました。1楽章のカデンツァは1年前に書いたのですが、当初は倍くらいの長さがありました。

 今回演奏するにあたって、友人のセルゲイ・レーディキンに……2021年のエリザベートコンクールで2位になっているのでご存じかもしれませんが、彼は作曲家でもあるので相談したところ、「3楽章のほうはすばらしいけれど、1楽章のほうは長いからカットしたほうがいい、どこかにグルペットを足した方がいい」というようにいくつか細かいアドバイスをくれました。おかげで自信を持って演奏できました。
※装飾音の一種(ターン)
 自分のカデンツァでモーツァルトを弾くのは初めてでしたが、その感覚をすごく気に入りました!

――作曲はお好きですか?

 専門的に勉強したわけではありませんが、今回作曲して、そのプロセスがとてもおもしろくて気に入りました。
 普段ピアノを弾くときはまず楽譜を読みますが、自分で書くと別のサイドから音楽作りが始まります。作曲してみると、例えばスタッカートを5つ付けようと思えばそれに時間がかかることを知ります。細かな指示一つひとつを作曲家が時間を割いてつけたのだと感じることで、全てをより大切にするようになりました。印象的な感覚でしたね。

――ご両親はロシア文学を研究する言語学者ということで、お子さんの頃から本に囲まれた環境にいらしたのだろうと思います。そこから受けた影響はありますか?

 はい、たくさんあります! 自宅にはライブラリースペースがあり、普段の会話からゲーテやダンテの言葉に触れる機会があって、子どもの頃から『神曲』の最初のフレーズを知っていましたから(笑)。文化的に恵まれた環境だったと思います。
 あと、母がいつも「常に全てのことを受け入れる準備をしておきなさい」と言っていたことの影響も大きいです。母は、あるとき私がプロの音楽家の道はあまりに困難だと感じてもうやめたいと言い出したときも、「その選択も応援する」といろいろな方面への可能性を提示してくれました。結局、「やっぱりピアノをやっていたほうがいい」という結論になり、今に至りますけれど。

 母は常に私に寄り添ってくれていました。練習を強要されることもありませんでしたし……ただ小さな頃は、練習したらキンダーサプライズのチョコを食べていいという約束で私をコントロールしていましたけれど(笑)。

――あなたの音楽性やキャラクターに最も影響を与えた本は?

 まずは、セルバンテスの『ドン・キホーテ』。物語と主人公が大好きです。
 あとは古い時代の哲学者、セネカの『ルキリウス宛倫理書簡集』にも影響を受けています。短い手紙を集めて人生について語った哲学書で、私の人生を変えました。シンプルな話ばかりなのですが、線を引きながら読んでは、おもしろかった言葉を母に報告していました。
 そしてもちろんドストエフスキー。母がメインで扱っている作家で、家には全ての作品があり、中でも『白痴』は読んで何度も涙しました。心にとても近い作品です。

――物語を読むことは、音楽の解釈に影響を与えますか?

 もちろんです! 例えばラフマニノフを弾くなら、その内面的な苦しみを、映画や本、時には絵画から想いを巡らせた感覚とつなげて理解することもあります。私にとって大切な作業です。

――ピアニストになろうと決めたのは?

 この時という瞬間はありません。子どもの頃は歌が好きで合唱団に入っていたのですが、メインのメンバーになるには楽譜を読めないといけないと言われたことをきっかけに、音楽学校に入りました。そこからサンクトペテルブルク音楽院の附属学校、そして音楽院で学んだわけですが、そこでもまだ音楽家として歩むことへの確信は持てずにいました。もっと言えば、今でもそうです。少し変かもしれませんが、私は“確信が持てない状態”に心地よさを感じるんです。

 「自分は本当にピアノを上手く弾けるのだろうか」と疑問を抱いた翌日にこそ、内なる力が湧いて、自信を持ってステージに出られます。私は、勝者になること、敗者になること、どんなものになることも自分に許しています。このメンタリティが重要なのです。

――では最後の質問です。現代社会には困難な問題が山積みですが、音楽は時に私たちの心を救ってくれます。その意味で、社会における音楽家の役割について考えていることはありますか?

 音楽は国際言語であり、優しい人にも、怒っている人にも伝わる言語でもあります。
 私は、人は音楽を聴いたあと、より良い人間になれることがあると思っています。中でもクラシックは特別で、触れることで成長できる芸術です。その意味で、自分が演奏することで誰かをより良い方向に導けるかもしれない、それによって世界もより良くなっていくかもしれないと信じています。

 また、音楽は自分らしくいることを助ける芸術です。舞台上の演奏家はもちろん、聴き手も自分らしくいられる場所を見つけ、演奏家と一緒に前に進むことができます。
 演奏家はステージ上で自分らしくいることで、内面にある想いを言葉なしに伝えることができます。例えば私が友達に会えなくて悲しい想いを表現した時、不思議なことに、聴き手も同様に、しばらく会っていない友人を恋しく思うことがあります。こういうことが起きるのが音楽の不思議です。
 私もこれまで通ったコンサートで、何千回も涙を流してきました。みなさんにもそれを体験してほしいと心から願いながら、私は舞台に立ち続けています。もちろんクラシックに限りませんが、音楽はそういうことができる芸術です。

 周りの目が気になることもあるかもしれません。演奏を聴いて感情を露わにすること、泣いたり笑ったりすることには、勇気が必要です。それでも泣きたいときに泣き、自然な感情を出せる人こそが、本当の意味で音楽と向き合えるのだと思います。

入賞者記念ガラコンサートより

取材・文:高坂はる香
写真提供:仙台国際音楽コンクール事務局


エリザヴェータ・ウクラインスカヤ 今後の出演公演

第9回仙台国際音楽コンクール ピアノ部門 優勝記念リサイタル
2025年冬 浜離宮朝日ホール

出演
エリザヴェータ・ウクラインスカヤ

2025.9/2(火)発売