日本製鉄紀尾井ホールが開館30周年を記念して、新たなシリーズ「響き合う和と洋」をはじめる。5月8日の第1弾「近現代ニッポン音楽の歩みを聴く」では、和楽器の名手と紀尾井ホール室内管弦楽団(KCO)が初共演。その“目玉”となる町田嘉章作曲「三味線協奏曲第1番」(1927年)の復元初演を担う三味線奏者の杵屋勝十朗、指揮者の阪哲朗がモニター越しに初対面、互いの視点を率直に語り合った。

阪は、2013年9月に蒔田尚昊への委嘱新作の組曲「歳時」世界初演を指揮して以来、KCOには「ほぼ2年に1度のペースで客演」している。常任指揮者を務める山形交響楽団など一般の交響楽団に比べ、KCOは「室内楽奏者も多く、音の出るタイミングが早い。大編成を縮小した盆栽ではなく、アンサンブルを熟知したメンバーと純粋に音楽的な話を積み重ね、あまり振らなくても豊かな響きの生まれる良さがあります」と語る。
阪はかつて京都市立芸術大学の作曲専修に在籍。今回の演奏会のプログラム最後に置かれた「尺八とオーケストラのための協奏曲」の作曲者である廣瀬量平に師事したが、「廣瀬先生の作品を含め、和楽器とオーケストラを組み合わせた作品をこれまで指揮したのは、2022年に一度だけです」と、意外な事実を明かす。もちろん、町田の作品も知らなかった。

この“告白”を聞き「一から一緒に音楽をつくれる」と思ったのだろうか、杵屋勝十朗の表情がにわかにゆるんだ。「邦楽用の小ホールには年数回お邪魔してきましたが、室内楽用のホールで演奏するのは初めてです。私たちの音楽には指揮者が存在せず、主軸の人が『よっ!』とか『はっ!』とか声を出し、きっかけを与えます。たいていの楽曲には代々の『お手本』があり、『先代はこうしていた』といった情報に基づいて演奏するのですが、今回は何もなく、不安でいっぱいです」。
勝十朗がこう打ち明けると、阪は「一見、水と油であっても最後は和と洋の融合です。最初は三味線を聴かせていただくのに時間をかけ、僕の楽器(KCO)との表現方法の違い、共通点を探ります。勝十朗さんにはご自分の音楽をつくっていただきます。西洋音楽にもアゴーギク(テンポやリズムの意図的な変化)の概念がありますから『字余り字足らず』は問題ではありません」といい、不安を和らげた。
町田作品は作曲家自身が独奏した音源の断片だけが残り、楽譜は散逸していた。日本製鉄文化財団は作曲家の萩森英明に採譜と管弦楽スコアの作成を依頼、コンサートで演奏できる状態に復元した。勝十朗はオリジナルの音源を聴いた時、「適切でないかもしれませんが、大正や昭和の無声映画のチャンバラの場面を思い出しました。オーケストラに三味線が入ると『こうなるのか!』という感じです。長唄でも器楽的な部分はチャンバラ風の方が曲も良くなって、スケールを増すケースが多々あります」。
「音だけ聴くと邦楽の自然なフレーズなのですが、譜面は3連符、6連符……と書き込まれ、早いテンポで演奏する部分のリスクが極めて高いように思えるのですが」と切り出すと、阪はすかさず「6音全部を均等に弾く必要はありませんよ」と答えた。さらに「3つで“行って”3つで“帰る”みたいな感覚はヨーロッパにもあって、バルトークが採譜した民族音楽の世界と通じます。芸術とは本来グレーゾーンの中に存在するはずです。勝十朗さんのお好きなように弾いてください。僕たちは昔からの伝統を現在(いま)に再現して伝える点で、同じ仕事に携わっています。最後は人間同士、音を出しながら次第に合わさっていくのが面白いのですから」と、コラボレーションへの期待を語った。
取材・文:池田卓夫
(ぶらあぼ2025年5月号より)
響き合う和と洋 和楽器と紀尾井ホール室内管弦楽団
近現代ニッポン音楽の歩みを聴く
2025.5/8(木)18:30 日本製鉄紀尾井ホール
問:紀尾井ホールウェブチケット webticket@kioi-hall.or.jp
https://kioihall.jp