3月5日、第23回(2024年度) 齋藤秀雄メモリアル基金賞の受賞者が北村陽(チェロ部門)・太田弦(指揮部門)に決定したことが発表された。ともに歴代最年少での受賞という快挙。発表と同日、都内で行われた贈賞式には、受賞者2名のほか選考委員の堤剛(チェリスト)、沼尻竜典(指揮者)らが出席した。

チェリスト・指揮者・教育者の故・齋藤秀雄にちなみ、2002年に財団法人ソニー音楽芸術振興会(現・公益財団法人ソニー音楽財団)によって創設された本賞。音楽芸術文化の発展に貢献し、今後さらなる活躍が期待される若手のチェリストと指揮者を各1人顕彰する。2021年度より小澤征爾が名誉顧問を務めていたが、昨年2月、同氏が逝去したことに伴い、今回より永世名誉顧問の称号が授与された。
2004年生まれ、現在20歳の北村。9歳でオーケストラと初共演、翌年には初リサイタルを行うなど、幼少期よりその才能を発揮。2017年に若い音楽家のためのチャイコフスキー国際コンクールで優勝、その後、ハチャトゥリアン国際第2位(2022)、ヨハネス・ブラームス国際第1位(2023)、ジョルジュ・エネスク国際優勝(2024・日本人初)、パブロ・カザルス国際賞第1位(2024)……と立て続けに目覚ましい成果を残している。現在は桐朋学園大学ソリスト・ディプロマ・コースにて堤に、ベルリン芸術大学でイェンス=ペーター・マインツに師事。
堤は栄光に輝いた愛弟子に向け、「あるコンクールの録音審査に向けたレッスンで、猛練習もあってか左手の爪が剥がれてしまったことがあったのですが、わずか1週間で治してきたことにはとても驚きました。昔、ロストロポーヴィチ先生が『自分をこんなにも柔らかい身体に産んでくれた母親に感謝している』と仰っていましたが、器楽を続けていくためには音楽的才能だけではなく、肉体的な素養も必要とされます。そういった意味で、北村さんはまさにチェリストになるべくして生まれてきたのだ、と心の底から深く思っています」とエールを贈った。

これに対し「堤先生には、過去の偉大な音楽家の教えから現代の解釈に至るまで、グローバルな視点でアドバイスをいただいています」と師からの学びを振りかえった北村。そしてベルリン留学での経験を踏まえつつ、受賞への想いを次の通り語った。
「マインツ先生のレッスン室には、齋藤先生の師であるチェリストのエマヌエル・フォイアマンの等身大ポートレートが飾られています。その目の前でレッスンを受ける時には、『ベルリンで受けた教えを齋藤先生が日本に伝え、時代を超えてそれを学んだ自分が今、ここにいるのだ』と、深い繋がりを感じるのです。
留学先では、ウクライナからの学生や兵役を終えてきた学生と一緒に学びながら、町中に残るホロコーストの爪痕に囲まれて生活し、『戦争は遠い国の出来事ではない』ということを実感する毎日です。私は、人が生きるためには音楽は不可欠であると信じています。そして、音楽によって世界中の人々が繋がり、心穏やかに過ごせる日々がくることを望んでいます。人々の心に寄り添い、そして分かち合えるチェリストになれるよう、学び続けていきます」

太田は1994年生まれ、現在31歳。2015年、第17回東京国際音楽コンクール〈指揮〉(現・東京国際指揮者コンクール)で2位ならびに聴衆賞を受賞。以降、読売日本交響楽団、札幌交響楽団、名古屋フィルハーモニー交響楽団、大阪フィルハーモニー交響楽団など全国各地のオーケストラに出演を重ねる。大阪交響楽団正指揮者(2019.4~2022.3)を経て、現在仙台フィルハーモニー管弦楽団指揮者(2023.4~)、九州交響楽団首席指揮者(2024.4~)を務め、楽壇からの期待を集める若手の筆頭となっている。
贈賞にあたり、選考委員の吉田純子(朝日新聞 編集委員)は「太田さんには、その年齢を感じさせない不思議な安定感があります。昨年11月、九州交響楽団の定期公演で取り上げた石井眞木の日本太鼓群とオーケストラのための『モノプリズム』で、演奏中に客席から歓声があがったのが非常に印象的でした。オーケストラの演奏会ではまず目にできない光景ですが、ひとえにお客さんが能動的に反応できる空気を作った太田さんの手腕があってこそのことだと思います」とコメント。
一方太田は、齋藤秀雄と自身との繋がりを振りかえりながら、受賞に際して決意を新たにした。
「最初に齋藤先生のことを知ったのは12歳、指揮者になりたいと思い始めたころでした。当時、故郷の札幌に指揮を勉強できる環境がない中で、先生の著作『指揮法教程』に記された事柄全てが、私にとって数少ない道しるべでした。毎日読み込んだ甲斐があってか、ほぼ独学で藝大の指揮科に入学することができましたが、そこで指導を受けた尾高(忠明)先生と高関(健)先生はお二人とも、齋藤先生のお弟子さんでした。そして、自らの転機となった東京国際音楽コンクール〈指揮〉でも初代審査委員長を務めていらっしゃった……と自分でも驚くほど多くの節目に、齋藤先生の存在がありました。
この1、2年の間で尊敬する多くの先輩指揮者が亡くなってしまいました。誰もが『日本の指揮界はどうなってしまうんだろう』と考えるこのタイミングで本賞をいただくことになり、大きな責任を感じていますが、変わらず真面目に、そして真摯にオーケストラと向き合っていきたいと思います」

式の最後には、北村がイザイの無伴奏チェロ・ソナタより第3、4楽章を披露。聴き手が思わず息を呑むほどの集中力に裏打ちされた、精緻かつ大胆な演奏で、会場からは惜しみない拍手が贈られた。
文:編集部
齋藤秀雄メモリアル基金賞
https://www.smf.or.jp/saitohideo/

