トップアーティストをも魅了する隠岐彩夏の歌声
横山幸雄&矢部達哉と彩る午後のひととき

左より:隠岐彩夏 ©T.Tairadate/横山幸雄 ©ZIGEN/矢部達哉 ©Michiharu Okubo

 いま最も聴くべきソプラノだと思う。隠岐彩夏(ソプラノ)が、横山幸雄(ピアノ)と矢部達哉(ヴァイオリン)とともに浜離宮アフタヌーンコンサートに登場する。三人は昨年の隠岐のデビューCD『愛しの夜』でも共演しているが、そもそもそのCDが実現したのも、二人の猛プッシュがあったから。矢部が練習の録音をレコード会社に持ち込んで熱烈にプロモートしたのだ。

矢部「その話からしていいですか? 彼女の声を初めて聴いた時、ほんの5秒ぐらいで、これはすごい、絶対に広めなきゃダメだと直感しました。CDもですけど、都響にも『素晴らしい人を見つけた』とすぐに電話して、その場で第九が決まったり。それから何度となく彼女を聴いて、僕らの目と耳に狂いはなかったなと確信しています」

横山「最初の時、リハーサルで一緒に弾いて、当たり前に素晴らしくて。もしかしたら僕がたまたま知らなかっただけで、すでに活躍している方なのかなと思いました。僕が普段一緒に演奏して幸せを感じている人たちと、同じような次元だったのです」

矢部「幸雄ちゃんとは30年ぐらいの付き合いで、テレパシーみたいに、二人にしか通用しない感性みたいなものがあるんです。そこに他の人が入ってくると、『上手だけどちょっと違うよね』ということもあるのですが、隠岐さんはそこにすんなり入れる人だった。もしかしたら僕らの持っていないパレットを彼女が持っていて、そこに僕らが惹かれているということなのかもしれません」

横山「上手いとかとは別のベクトルの、音楽としての一体感があるし、そこに常に新鮮さがある。彩夏ちゃんはごく自然に溶け込んだ気がします」

隠岐「リハーサルの客席に矢部さんがいて、横山さんがピアノを弾いてくださって。立っていられないぐらい膝が震えたのを覚えています」

横山「そうだったの?(笑)」

矢部「その時にひと声聴いて、ミレッラ・フレーニを初めて聴いた小6の時以来の感動がよみがえりました。隠岐さんの声を聴くと本当に幸せになるし落ち着く。ちょうど昨日も、都響でソロを弾くのでちょっと緊張していて、行きのクルマの中で彼女と僕らのCDを聴いて落ち着きました。だから、彼女をサポートしたいというより、彼女の歌に触れていたいという言い方のほうが正確かもしれません」

 と、二人のトップ・アーティストもゲキ推しなのだ。コンサートはR.シュトラウス「4つの最後の歌」が中心のプログラム。

隠岐「憧れ続けて、なかなか手を出せていなかった作品です。挑戦せずに明日死んでしまったりしたら嫌なので、今こそ歌う時だと思って。技術的にも体力的にも、歌い切るだけで大変ですし、自分の心の状態というか、音楽や詩の大きさをキャッチできなくて小さい解釈をしてしまったり、自分が体験していない状況の詩と対峙する難しさがあります。もともとはオーケストラが伴奏の曲ですが、詩に込められた、人生のさまざまな要素を横山さんのピアノがオケ以上に奏でてくださると思います。大挑戦ですが頑張っています」

 CDに収録した、隠岐彩夏作詞・横山幸雄作曲の美しい歌曲〈静かな夜に〉も歌う。作曲も手がける横山だが、歌の作品はこれが初めて。歌とヴァイオリンとピアノという編成のための貴重なオリジナル曲。昨年楽譜も出版された。

 横山のショパン「バラード第4番」や矢部のドビュッシー「ヴァイオリン・ソナタ」も聴けるお得な午後のコンサート。そしてなんと言っても、いま最も聴くべきソプラノ。聴き逃せない。
取材・文:宮本 明
(ぶらあぼ2024年10月号より)

浜離宮アフタヌーンコンサート 隠岐彩夏 × 横山幸雄 × 矢部達哉
2024.10/24(木)13:30 浜離宮朝日ホール
問:朝日ホール・チケットセンター03-3267-9990
https://www.asahi-hall.jp/hamarikyu/