リートで一緒に“人生経験”をしましょう
「リートデュオという言葉を作ったのは私たちですから」
日本人ながらドイツリートの正統を継ぐ数少ない名歌手のひとり、白井光子がそう言うように、「リートデュオ」という言葉自体は、まだあまり市民権を得ていないかもしれない。それならまず白井とピアノのハルトムート・ヘルの演奏に耳を傾けてみよう。歌とピアノが一対一で対等に向き合い、寄り添う様子を聴きとれば、その意味は明白。歌に付随する存在という意味で用いるなら、「伴奏」という言葉はすでに死語なのだ。
「ピアノと歌には同じ重さがあって、どちらが欠けてもリートになりません。さまざまな情景を描写して、歌手が呼吸する空気や泳げる水を与えてくれるのはピアニストですから。演奏テクニックとしては、子音を発音するタイミングを共有することが大事なのですが、それを打ち合わせるようではダメなんです。お互いにもっと自由にならなければいけません」
3月のリサイタルではリスト、ブラームス、R.シュトラウスといったロマン派歌曲をたっぷり。しかし、それらは必ずしも有名曲ばかりではない、まさにいぶし銀的なプログラムだ。
「でも好きな曲ばかり。歌いたいものを自由に歌わせてくださるということだったので、大変うれしいです。今はこれ、という曲を選びました。ドイツ語がわからないという方にも、歌の“意志”を伝えたいですね。音楽に書かれていることを、一緒に再体験するような。そうすれば、聴く方それぞれの心の状態で音楽が違って聴こえると思うんです。私もいろんなところを歩んで来ましたので、一緒に“人生経験”をしましょう(笑)」
彼女の“人生”という言葉には重みを感じざるを得ない。8年前、突然の難病が襲った。ギラン・バレー症候群。全身の筋肉が麻痺して一時は生命の危機もあった。
「呼吸も不自由な状態なのに、歌詞を忘れてしまわないか怖くて、頭の中でずっと歌っていました」
リートへの執念がなせるわざだろう。
「ドイツリートの伝統を受け継いでいる人は、ドイツ人の中でも何人かしかいません。日本人の私がやったり、アメリカ人のトーマス・ハンプソンさんがやったり、『リートは国外で保護されている』と言われていた時期もありました。日常で使っている言葉ゆえに、詩のサブテクストを見逃してしまいがちなのかもしれませんね」
ドイツ語の歌の背景を、ドイツ人より理解し表現している日本人歌手がいる。私たちファンにも、うれしく、誇らしいことだ。
取材・文:宮本 明
(ぶらあぼ + Danza inside 2015年2月号から)
Music Weeks in TOKYO 2014
プラチナ・シリーズ 第5回
白井光子&ハルトムート・ヘル 世界最高峰のリートデュオ
3/6(金)19:00 東京文化会館(小)
問:東京文化会館チケットサービス03-5685-0650
http://www.t-bunka.jp