ファビオ・ビオンディ(ヴァイオリン)

バッハとの対話によって導かれる未だ見ぬ景色

©Tomoko Hidaki

 2022年秋、ヘンデルのオペラ《シッラ》の日本初演を成功させたファビオ・ビオンディが、バッハの「無伴奏」をひっさげて神奈川県立音楽堂へ戻ってくる。世界的なヴァイオリニストでありながら、指揮者としてもバロックからロマン派まで幅広いレパートリーを誇るビオンディは、「指揮をすることとヴァイオリンを演奏することの間に大きな違いは感じない」と語る。が、プログラムがヴァイオリニストの試金石とも言えるバッハの「無伴奏」全曲となると、やはり「特別なソロ・リサイタル」という認識のようだ。多くのヴァイオリニストにとって同作品集は畏怖の念を禁じ得ない孤高の存在であるように、ビオンディにとっても、「バッハのソナタとパルティータは、音楽の親密さへの大いなる冒険心を象徴している」作品であり、「非常に特別なもので、ヴァイオリンのための作品である以上に魂のための作品」であると言う。

コロナ禍でさらなる進化を遂げる

 ヴァイオリニストとしてのキャリアを通してコンサートでは幾度となく演奏してきた「無伴奏」を、ビオンディは2020年、ついに録音した。それは60歳という節目を前にした満を持してのタイミングであったのだろうか。あるいは多くの演奏の場が失われたコロナ禍では、平時であれば多忙を極める演奏家に突如として時間が与えられ、じっくりと大作に取り組む機会が生まれたという話をしばしば耳にする。ビオンディの録音も予期せぬ産物であったのか尋ねると、「コロナ禍は『無伴奏』と向き合う良い機会だった。これまでこの作品のレコーディングの話は多くあったが、時期尚早と思い、いつも断ってきた。コロナ禍と年齢的なことが偶然に重なり、細やかなディテール、例えば装飾音などに時間をかけて真剣に取り組むことができた」とのこと。さらに「コロナ禍の暗闇のひとときは、音楽的な観点から多くのことを見つめ直す機会を与えてくれ、『無伴奏』には明らかにそれが必要だった。その時間を持つことができたのは私にとって幸運だったと思う」と語る。まさに不幸中の幸いである。

常に新しいバッハを追い求めて

 ところで録音に聴くビオンディのバッハはあまりに変幻自在で、その即興的な閃きは到底楽譜に固定できるものではないと感じる。その点について話を聞くと、「私は同じ装飾を何度も演奏しないようにしているし、コンサートのたびにリスクを恐れず新しいことに挑戦するため、楽譜に書き込みもしていない」とのこと。来る公演では一期一会の渾身のライブが期待できそうだ。

 今回はマチネとソワレの2部構成で同日に全曲を披露する。演奏者のみならず、聴衆にも高いハードルが課されることが予想されるが、「この音楽は瞑想への扉を開くような深遠なもの。ヴァイオリニストの技量を見るのではなく、この力強い音楽が私たちをどのような世界に連れて行ってくれるかを見極めていただきたい」。このメッセージを念頭において、ぜひ貴重な「無伴奏」の全曲演奏に身も心も委ねてみたい。
取材・文:大津 聡 
(ぶらあぼ2024年2月号より)

音楽堂ヘリテージ・コンサート ファビオ・ビオンディ バッハ 無伴奏 全曲
2024.2/17(土)

【第1部】14:00 【第2部】18:00 神奈川県立音楽堂
問:チケットかながわ0570-015-415 
https://www.kanagawa-ongakudo.com

他公演 
2024.2/10(土) 王子ホール(完売)
2/11(日・祝) 愛知/宗次ホール(052-265-1718)
2/15(木) 大阪/住友生命いずみホール(06-6944-1188)