青木尚佳(ヴァイオリン)

ミュンヘン・フィルの若きコンマスが満を持して挑むイザイ全曲

(c)井村重人

 ヴァイオリニスト青木尚佳が、12月の紀尾井ホール「レジデント・シリーズ」に登場する。本公演は「ミュンヘン・フィル コンサートマスター就任記念」と銘打たれている。2021年にドイツの名門楽団の同職に合格して音楽ファンを驚かせた青木は、1年間の試用期間を経て22年3月に正式に就任。名実ともに「若き名手」から「世界的奏者」の一人となった。

 「ミュンヘンでの学生生活が終わる20年春、コロナ禍で予定が全部キャンセルになって今後に悩んでいた時期、秋にオーディションがあると聞いて、帰国前に受けてみようというのがきっかけでした。ミュンヘン・フィルは楽員個々のやりたいことがはっきりあって、ものすごくいい意味で“まとまりのないオケ”と思いますが(笑)、とても室内楽的でもあり、音の厚みがすごい。大変な立場ではありますが、本当に面白いですし、確実にメンタルは強くなりました(笑)」

 今回選んだ演目は、イザイの無伴奏ソナタ全6曲。実は20年4月に東京で同演目公演を予定していたがキャンセルになり、改めての挑戦となる。無伴奏でのソロ・リサイタル自体、今回が初めてで、「以前は独りなんて怖くて絶対できない、と思っていました」という青木だが、イザイに挑む気持ちに迷いはなかったという。

 「いま最も深く取り組みたいのがイザイで、他の作曲家という発想はありませんでした。特に好きなのは5番で、神秘的だし、2つの楽章の静と動の対比が魅力的です。6番はまるでサーカスと例えたいほど、テクニックが詰め込まれて楽しい曲。4番はいかにも捧げられたクライスラーらしい雰囲気があり、聴きやすいと思います。3番はすべてが詰め込まれていて、ゾワッとするような不気味さもあります。1番はバッハに通じるところがあり、構成力が問われます」

 各曲について語る中で、バッハの引用と「怒りの日」が重要モティーフとなり、暗い感情の際立つ第2番についてのコメントが殊に興味深かった。

 「2番は感情が激しく、この曲の苦しみや哀しみは、どんなに想像しても、体験しないと本当にはわからないところがあります。かっこいい曲ともよく言われますが、それだけで終わらない演奏、むしろ独特の“後味の悪さ”とかを残せるように弾ければと思います」

 作品の感情を最大限にイメージはしても、“わかる”と簡単には言えないという誠実さ、楽曲が本来もつ苦みや不快感こそ余さず表現したいという姿勢。「今回は新しい私を見せられればいいなと思います」と語る青木が、イザイの核心を抉り出す舞台となる。
取材・文:林 昌英
(ぶらあぼ2023年12月号より)

紀尾井レジデント・シリーズⅢ - 第1回 青木尚佳
~ミュンヘン・フィル コンサートマスター就任記念
2023.12/21(木)19:00 紀尾井ホール
問:紀尾井ホールウェブチケット webticket@kioi-hall.or.jp 
https://kioihall.jp