ウィリアム・クリスティ(指揮)レザール・フロリサン 《ヨハネ受難曲》

4年ぶりの来日! 古楽界の精鋭たちが躍動する緊迫感あふれるドラマ

 フランス古楽界の雄、ウィリアム・クリスティ率いるレザール・フロリサンが来日する。前回は2019年だったので、4年ぶりのこと。今年2023年は、バッハが1723年5月、ライプツィヒ市の音楽監督に就任してからちょうど300年という記念イヤーにあたり、この節目の年にクリスティは、秋の演目としてバッハの「ヨハネ受難曲」を選んだ。

左より:ウィリアム・クリスティ (c)Oscar Ortega、バスティアン・ライモンディ (c)DR、アレックス・ローゼン

 「ヨハネ受難曲」は、バッハがライプツィヒに着任した翌年の1724年4月に初演された作品で、当時バッハは39歳。演奏に約2時間を要し、バッハがそれまでに手掛けた、いかなる作品をも凌駕する大作である。このことからも、バッハが並々ならぬ意欲を持って作曲に挑んだことは疑いようがないし、またその素晴らしい音楽を聴けば、バッハのモチベーションの高さは容易にうかがい知ることができる。

 演奏にあたって注目したいのは、まずストーリーテラーである福音史家と主人公のイエスである。この二役は「ヨハネ受難曲」という作品の、いわば「両輪」のような存在で、今回、福音史家はバスティアン・ライモンディ、イエスはアレックス・ローゼンが歌う。ふたりとも実力はクリスティのお墨付きの新星であり、端正な声の持ち主だが、タスクの多い二役に対し、どこまで物語を表現し、歌いきるか、そこに着目したい。

レザール・フロリサン (c)Vincent Pontet

 「ヨハネ受難曲」のアリアは、数こそ限られているものの、質の高い音楽で書かれている。特に作品の終盤で歌われる第30曲アルトのアリア「成し遂げられた」、第32曲バスのアリア「尊い救い主よ」、そして第35曲ソプラノのアリア「溶け入り流れよ、私の心よ」の3曲は、名曲と言うしかないほど感動的で美しい。今回の公演では、「シルクのような」美声と称賛されているレイチェル・レドモンド(ソプラノ)や、「非凡なメゾ」と高評価を得ているヘレン・チャールストン(アルト)といった、クリスティが主宰する声楽アカデミー「声の庭」で育った若いソリストたちが起用されており、瑞々しい感性で聴かせる歌唱が期待できそうだ。

 また、「ヨハネ受難曲」の聴きどころといえば、合唱曲の素晴らしさを挙げるべきであろう。神の栄光(救済)が「十字架を通して現れる」と歌い上げる長大な冒頭合唱曲、そして2時間の物語すべてを包み込む「子守歌」のような落ち着いた曲想の最終合唱曲、この2つの名曲は言うまでもないが、「ピラトの裁判」の場面で、大祭司たちに扇動されて、イエスを死刑へと追い込む群衆合唱の声も迫力があり、印象深い。こうした作品の枠組みをつくる楽曲や、ドラマにグイグイと関わってゆく集団の声を、クリスティとレザール・フロリサンがどう料理するのか。また、これからの新しいスター歌手たちが、どこまで躍動するかが、今回の公演のポイントになりそうだ。
文:加藤拓未
(ぶらあぼ2023年11月号より)

『ぶらあぼ』11月号誌面でコンサートマスターをヒロ・クロサキが務めるとの記載がありましたが、主催者に確認の結果、同氏は今回、来日しないことが判明しました。お詫びして訂正します。

2023.11/26(日)15:00 東京オペラシティ コンサートホール
問:東京オペラシティチケットセンター03-5353-9999
https://www.operacity.jp