及川浩治(ピアノ)

充実期の今、真の名曲に思いを込めて

(c)Ayumu Gombi

 1995年のデビューがサントリーホール。以来、数々の名演を同ホールに残してきたピアニスト・及川浩治を、今年も聴ける。しかも、誰もが知る名曲ばかり。

 「サントリーホールは僕にとって特別で、デビュー前から何度も聴きに来ては、感動の思い出だらけ。名演奏家たちの名演をホールは聴いていて、その記憶のようなものが、壁や造りのあちらこちらに残っている気がします」

 まず、ホールの話を熱弁する及川。プログラムの話でも熱く、止まらない。選曲は一見するとメジャーな曲が置かれているが、「真の名曲だからこそ、何百年という時を経ても人の心に刺さる」と持論を展開する。

 「コロナ禍の時期は精神的にしんどかったです。でもある時、車を運転していて突然シューマンの『謝肉祭』が頭の中で鳴り出して、もう楽しくなってきて。車の中で『謝肉祭』のメロディーを歌っていました(笑)。世の中も少しずつ落ち着いてきているし、明るさや幸せを感じる曲が弾きたいと思ったんです。『月光』『愛の夢』『英雄ポロネーズ』等々、これまで何度も弾いてきて、皆さんもよくご存じの曲。でも演奏は“一期一会”です。昨年の僕とは違うし、来年の僕とも違う、その時その瞬間の音楽です。作曲家にとってもそれは同じなわけで、その時々の精神状態の中から生まれてくる和声やフレーズがあります。その音に人間らしい本音があるから名曲になるのだと思います」

 プログラムに登場するショパン、リスト、ブゾーニ、ラフマニノフ・・・いずれも名ピアニストだった。ピアニストの及川から見た、コンポーザーピアニストはいかに。

 「まず言えるのは、彼らはいずれもピアノという楽器を熟知していることです。当時の楽器やそれぞれの手の大きさなど違いはありますが、ピアノを知り尽くしているからこそ、あれだけ魅力的な曲が作れる。特にショパンはすごい。手は大きくないけれど柔らかく、弱い薬指でデリケートなフレーズの音を弾くなど、その効果たるや! 昨今AIによる作曲が話題になっていますが、独特なテンポの揺らぎなどは絶対にまねできないと思います」

 そして及川と言えばベートーヴェン。開始にピアノ・ソナタ「月光」、ラストに「熱情」。

 「普通はこんな置き方しないですよね(笑)。でも、楽聖と言われたベートーヴェンこそ実はとても人間臭い人で、ああいう風貌だけど繊細で優しくユーモアもある。作品のいずれも革新的で、闘う人生を送った、魅力の塊の人。ベートーヴェンに始まりベートーヴェンで終わる。その中に珠玉の名作を置いたわけです」

 と言う及川もまた“真の”音楽家である。
取材・文:上田弘子
(ぶらあぼ2023年8月号より)

及川浩治 ピアノ・リサイタル 
2023.9/16(土)14:00 サントリーホール
問:チケットスペース03-3234-9999
https://www.ints.co.jp

他公演
2023.9/30(土) 静岡/青嶋ホール(054-253-6480)
10/28(土) 大阪/ザ・シンフォニーホール(ABCチケットインフォメーション06-6453-6000)
11/26(日) 横浜みなとみらいホール(神奈川芸術協会045-453-5080)