ムラーダ・フドレイ(ソプラノ)

サロメの痛ましい美しさと哀しさを伝えたい


 大指揮者ゲルギエフに認められ、ワーグナーやR.シュトラウスで強靱な喉を披露するディーヴァ、ムラーダ・フドレイ。10月のNHK音楽祭で《サロメ》を演奏会形式で歌う彼女に、ステージへの意欲を尋ねてみた。
「これまで《タンホイザー》のエリーザベトや《影の無い女》の皇后など、東京でたびたび歌わせていただけたので、今回の来日もとても楽しみです! 私は両親の影響で日本文化に親しんでいて、黒澤明の映画はほとんど全部観ましたし、北斎や広重の版画も好んで鑑賞しています。小さい頃から音楽教育を受けましたが、女優への道にも憧れて、音楽院ではなくロシア・劇場芸術アカデミーを卒業しました。しかし、周囲にオペラ界の関係者が多くて、歌の道への転向を勧められ、気が付いたらマリインスキー劇場に所属していました(笑)。そこでマエストロ・ゲルギエフが私の声をじっくり聴いて下さり、方向づけてくれたのです」
 実は、彼女のデビューも《サロメ》とのこと。このドラマティックな役で初舞台とは!
「そうなのです!ギネスブックものだと思いませんか?(笑)歌手人生の初役が、しかも大劇場マリインスキーでの主演でした。私も最初は《椿姫》のヴィオレッタのような可愛らしい役に憧れたりもしましたが、でも、『自分はどうもその路線ではない』と早い段階で悟り、マエストロのご助言に従ったのです。ゲルギエフさんは若手の歌手それぞれに最も合う役を“見定め、見極める”素晴らしい能力をお持ちです」
 大オーケストラと競うレパートリーを歌い続ける一方で、モーツァルトのドンナ・アンナのような古典派のヒロインも務めるフドレイ。繊細な感覚と大胆な表現法を駆使する彼女がいま改めて考えるサロメ像とは?
「これまでに12のプロダクションでこの役に取り組みましたが、そのたびに感じるのは、彼女のはかなさと脆さ、そして“矛盾の美”なのです。サロメは罪のない子供と同じ。純真な心を持っています。ただ、若くて愛情をうまく表現できず、愛に対する心の準備も出来ていなかったので自分を見失ってしまうのです。そういった痛ましい美しさ、自分を失う哀しさを伝えたいと思って毎回歌ってきました。今回は演奏会形式での出演ですが、“愛と死をごちゃ混ぜにする”ことで出口を見つけようとするサロメのやり場のなさ、魂と理性を見失うほどの狂おしさに囚われた彼女の“手から滑り落ちるような美しさ”を、歌声ひとつで表現できたらと思います。皆さまどうぞご期待下さい!」
取材・文:岸純信(オペラ研究家)
(ぶらあぼ + Danza inside 2014年10月号から)

NHK音楽祭2014
R.シュトラウス 楽劇《サロメ》(演奏会形式)
ワレリー・ゲルギエフ(指揮) マリインスキー劇場管弦楽団
ムラーダ・フドレイ(ソプラノ/サロメ) 
エデム・ウメーロフ(バリトン/ヨカナーン)
アンドレイ・ポポフ(テノール/ヘロデ) 
ラリサ・ゴゴレフスカヤ(ソプラノ/ヘロディアス)
水口聡(テノール/ナラボート) 他
10/17(金)19:00 NHKホール
問:NHKプロモーション03-3468-7736 
http://www.nhk-p.co.jp