2023年に見たい音楽関連のおすすめ映画6選

 いつの世も、名作映画には優れた音楽あり。サントラとしての音楽だけでなく、今年は音楽、アーティストを題材とした注目の映画の公開が多く予定されています。クラシックファンにとって最大の話題は、第80回ゴールデングローブ賞主要3部門にノミネートし、日本でも5月公開予定の『TAR』(ター)でしょう。ゴールデングローブ賞やアカデミー賞ノミネート作品の発表を前に、音楽ライターにして映画ウォッチャーの東端哲也さんに、最新のおすすめ映画を紹介していただきました。

文:東端哲也

 2022年もスピルバーグ版『ウエスト・サイド・ストーリー』を筆頭に、有名戯曲のミュージカル舞台を映像化した『シラノ』からスーパースター伝記もの『エルヴィス』まで“音楽映画”が花盛りだった。この流れは今年も続きそうだ。

 年が明けると米国では3月12日(現地)に発表されるアカデミー賞に向けて、その前哨戦が本格化するが、本年度賞レースの“目玉”との呼び声高い、架空のカリスマ指揮者/作曲家を主人公にした『TAR(原題)』(2023年5月日本公開)に先ずは注目したい。(※「TAR」の「A」はアクサン付きが正式表記)

Cate Blanchett (c)2022 FOCUS FEATURES LLC.

 ヒロインのリディア・ターは数々の名門楽団を経て、ベルリン・フィルとおぼしき世界最高峰のオーケストラで女性として史上初めて首席指揮者に任命された逸材。本作はクラシック界の頂点にまで上りつめた彼女が、重圧や過剰なまでのエゴイズム、仕掛けられた陰謀によって次第に自身の“心の闇”に呑み込まれていく姿を描いていく。決して心あたたまる話ではないが、妻帯者であるターが楽団の若くて美しい女性チェロ奏者をえこ贔屓してソリストに抜擢したり、団員たちを力でねじ伏せて支配する様子など、(どこかで聞いたことのあるような)目を惹く場面が目白押し。特に3度目のオスカー獲得に期待のかかるケイト・ブランシェット(ター役)が実際にプロのオーケストラを指揮して撮影されたという、マーラー「5番」アダージェットの演奏シーンが“最強”とのこと。『ジョーカー』(2019年)でアカデミー作曲賞を受賞した才媛ヒドゥル・グドナドッティルが手掛けたスコア曲を中心としたサントラ(輸入盤)が既に発売済みだが、往年のクラウディオ・アバドのような佇まいのターをあしらった、まるで彼女のドイツ・グラモフォンからリリースされた新譜かと見紛うようなカヴァー写真でも話題を呼んでいる。

 賞レースといえば演劇界の鬼才であり2017年に『スリー・ビルボード』で各映画賞を総なめにしたマーティン・マクドナー監督の最新作『イニシェリン島の精霊』(1/27公開)も各部門で“本命”と目される1本。本土が内戦に明け暮れる1923年のアイルランドの孤島を舞台に、親友だった二人の男…パードリック(コリン・ファレル)とコルム(ブレンダン・グリーソン)の決裂が、想像を絶する事態へと突き進んでいく不条理で意味深長な物語だ。こちらも、コルムがフィドル奏者で作曲家(※映画のタイトルも彼が書く曲の題名)という設定から、音楽に溢れた作品である。ダブリン生まれの名優にして、実生活でも音楽家であるグリーソンの演奏するアイリッシュ・ミュージックが見事で、カーター・バーウェルが手掛けた神秘的でうら寂しいスコア曲も素晴らしいが、劇中にSPレコードで流れるジョン・マコーマック(※20世紀初頭に活躍したアイルランド系の名テノール)の歌う歌劇《カヴァレリア・ルスティカーナ》のナンバーなども印象的。とりわけ挿入歌として起用されているブラームス:6つの歌曲 op.7-3〈Anklänge(余韻)〉(※現代の音源)が胸を打つ。ただ、コルムのとったある衝撃的な行動は、演奏家として目を背けたくなる程恐ろしいものなので、観るには覚悟が必要かもしれない。

 さて、実在したアーティストの壮絶な“生き様”に心を震わせたいという方には、伝記映画の傑作『ボヘミアン・ラプソディ』(2018年)の脚本家が、2012年に48歳でこの世を去った偉大なる歌姫の半生を綴った『ホイットニー・ヒューストン I WANNA DANCE WITH SOMEBODY』(公開中)がお薦め。スターダムを駆け上がるホイットニーの秘話を家族や、親友で同性の恋人でもあったロビン・クロフォード、名プロデューサーのクライヴ・デイヴィス、夫だったボビー・ブラウンを演じるキャストと共にリアルかつ公平に描き出し、ヒット曲誕生の顛末や1991年の第25回スーパーボウル試合前の国歌歌唱など輝かしいモーメントの舞台裏を、“THE VOICE”と称された圧倒的な歌声で追体験できる作品となっている。

 歌姫といえば、ジャズ界の伝説的ヴォーカリストの人生を映し出す『ビリー・ホリデイ物語』(3/10公開)も必見。本作は有観客上演された舞台『レディ・デイ・アット・エマーソンズ・バー&グリル』を生収録したもので、見どころはトニー賞を6度にわたり受賞したブロードウェイの至宝オードラ・マクドナルドの空前絶後の圧巻パフォーマンスに尽きる。まるで魂までレディ・デイそのものになったかのような彼女の名演が、映画館の観客をそのまま1959年3月のフィラデルフィアの小さなクラブにタイムスリップさせてくれるはず。舞台の内容も、死を4か月後に控えたレディ・デイ最後のステージを通して、人種差別や麻薬・アルコール依存症との闘いを回想形式で浮き彫りにするという秀逸なものだ。

 そして、アーティスト本人が出演する作品としては『モリコーネ 映画が恋した音楽家』(1/13公開)に勝るものなし。盟友である『ニュー・シネマ・パラダイス』のジュゼッペ・トルナトーレ監督だけが撮ることを許された本作は、よくある「波乱に満ちた人生を辿る」的な伝記映画ではなく「モリコーネ plays モリコーネ」で魅せる傑作ドキュメンタリー。リストの名前を目にしただけで心がときめく70人以上の著名人による証言と名場面、“あのメロディ”が満載。過去のあらゆる、音楽について描いた、もしくは“映画に関する”映画の中で最高にエモーショナルな作品であると断言できる。

 最後に、家に居ながらオンラインで鑑賞できる配信作品として「007」シリーズの音楽制作の裏側に迫る『サウンド・オブ・007』(Amazon Prime Videoで配信中)をご紹介。誕生から60周年を迎えた同シリーズの歴史を、サントラ作曲家や主題歌を担当したミュージシャンたちを筆頭に出演者や監督、プロデューサーたちのインタビュー、レコーディング映像などで振り返る魅惑の音楽ドキュメンタリー。冒頭から、お馴染み「ジェームズ・ボンドのテーマ」でギターによって奏でられる、あの耳に残る「ジャンジャカジャンジャンジャジャ」の驚きの元ネタが明かされるのでご期待を!

TAR(原題)(2023年5月公開)
https://www.focusfeatures.com/tar/

イニシェリン島の精霊(2023年1月27日公開)
https://www.searchlightpictures.jp/movies/bansheesofinisherin

ホットニー・ヒューストン(2022年12月23日公開)
https://www.whitney-movie.jp

ビリー・ホリデイ物語 Lady Day at Emerson’s Bar & Grill(2023年3月10日公開)
https://broadwaycinema.jp/BillieHoliday

モリコーネ 映画が恋した音楽家(2023年1月13日公開)
https://gaga.ne.jp/ennio/

サウンド・オブ・007(Amazon Prime Videoで配信中)
https://www.amazon.co.jp/gp/video/detail/B0B8T77RPD/