NISSAY OPERA 2022《ランメルモールのルチア》ゲネプロレポート

幻想的な舞台で掘り下げられた音楽とドラマ

 2年越しのリベンジがかなった。2020年11月、NISSAY OPERA/ニッセイ名作シリーズとして予定されていたドニゼッティ《ランメルモールのルチア》は、コロナ禍による制約を受け、ルチアの一人芝居に翻案した特別編《ルチア —あるいはある花嫁の悲劇》として上演された。むろん、それはこのオペラのエッセンスが凝縮されたすぐれた舞台だったが、ようやく本来の姿で人間模様が描かれるようになったのは、このうえなくうれしい。公演日は11月12日(ルチア:高橋維)、13日(同:森谷真理)。高橋維組の最終総稽古(ゲネラルプローベ)を取材した。
(2022.11/7 日生劇場 取材・文:香原斗志 撮影:寺司正彦)

前列左より:ジョン ハオ(ライモンド)、吉田連(ノルマンノ)、加耒徹(エンリーコ)
左より:泉の亡霊、高橋維(ルチア)、与田朝子(アリーサ)

 短い前奏曲が奏でられているあいだ、舞台前方にしつらえられているのは、エドガルドの祖先の墓だろうか。そこに遺体が埋められようとしていて、後方に置かれた屋内のセットには、亡霊の姿が見える。これから見舞う運命が効果的に暗示される。

 冒頭の場面では、ルチアの兄で、彼女に政略結婚を強いて悲劇を呼びよせるエンリーコを歌う加耒徹(バリトン)の、明るめの美声とスタイリッシュな歌唱が冴えた。声量や力強さで勝負する歌手ではないが、日生劇場の規模なら無理に声を張る必要はなく、ていねいな表現がそのまま、エンリーコの複雑な心理の深掘りにつながる。

 柴田真郁が指揮する読売日本交響楽団も雄弁だ。ドニゼッティのオーケストレーションは同時代のベッリーニとは大きく異なり、ヴェルディを予兆し、ある意味、初期のヴェルディよりも豊かで変化に富んでいる。柴田は歌唱に寄り添い、歌唱を活かしながら、管弦楽も相まってドラマを色彩豊かに深掘りする手腕がすぐれている。ドニゼッティの劇的な側面を引きだすうえでも、読響は相応しかったのではないだろうか。

右:城宏憲(エドガルド)

 前述の墓は、ルチアが登場すると泉に姿を変え、かつて投げ込まれた娘の亡霊が実際に現れて、ルチアの手を引く。田尾下哲の演出は、悲劇のイメージを喚起する道具立てがさまざまに重ねられている。

 ルチア役の高橋維(ソプラノ)の新鮮でみずみずしい声と表現にとっても、日生劇場の規模と音響は適切だ。ことさら声を飛ばそうと意識しすぎず、無理なく歌えている。このオペラは、第1幕で恋仲のエドガルドに対するルチアの心のときめきが伝わってこそ、のちの悲劇的な展開にリアリティが加わる。安定した高音もふくめてルチアの純真さがよく表現された。

 そこに登場したエドガルドは城宏憲(テノール)。情熱があふれる若々しい歌で、端正なレガートに力強さも添えられている。ルチアとの二重唱では、温まって広がりが加わった高橋の声とからんで、若い2人のまっすぐな情熱が心地よい。

重層的な心理表現で深まる悲劇

 第2部第1幕、エンリーコがルチアにエドガルドが裏切ったことを示すニセの手紙を見せ、アルトゥーロとの結婚を認めさせる場面。加耒は悪辣な兄というより、妹の態度にいら立ちながら、みずからの強引さに悩んでいることも暗示させる歌唱で、高橋のルチアも兄の感情に呼応する。田尾下の指示もあってのことだろう。こうした感情の複雑なからみを管弦楽が下支えし、ドラマは真に迫っていく。ルチアが結婚を受け入れるように説得するライモンドを歌うジョン ハオ(バス)も、包み込むような深い声で場面を支えた。

 こうした伏線があるので、結婚式にエドガルドが乱入する場面がことさら激しく描かれても、たんなる善悪の対立とは受けとれず、登場人物各々の心情が渦巻くように感じられる。《ランメルモールのルチア》というオペラのポテンシャルが掘り下げられている。アルトゥーロを歌った髙畠伸吾(テノール)の明るく伸びやかな声についても、書き添えておきたい。

前列中央右:髙畠伸吾(アルトゥーロ)

 第2部第2幕の冒頭、エドガルドとエンリーコの決闘の場面は、このオペラのなかでもっとも劇的な瞬間だ。柴田がドラマティックにあおる管弦楽が効果的で、しかも、場面が激しくなるほど前述の伏線が活きてくる。

 そして狂乱の場。ドニゼッティが最初に構想したとおり(記譜する前に断念したが)、フルートの代わりにグラスハーモニカが使われ、幻想性が増したなかで、高橋のルチアは美しく狂乱し、最高音のEsもしっかりと響いた。

 また、ルチアのカバレッタに続いて、ライモンドが悲劇の原因をつくったノルマンノを激しく責める場面は、たいていカットされるが上演され、そのあいだに舞台転換がたくみに行われた。音楽を活かしてドラマを深める手腕に拍手を送りたい。

 最後の場面は、城が情熱的にアリアを歌い、その背後にルチアの死の情景が見える。エドガルドがこと切れたのち、舞台背後に大きな月が降りてきて、亡霊が階段上に現れる。生々しい悲劇を幻想的に彩ろうとした田尾下の狙いが鮮やかに浮かび上がった。

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Information

NISSAY OPERA 2022
《ランメルモールのルチア》全2部3幕

(原語[イタリア語]上演・日本語字幕付)

2022.11/12 (土)、11/13 (日)各日14:00 日生劇場

指揮:柴田真郁 
演出:田尾下 哲 
管弦楽:読売日本交響楽団
合唱:C.ヴィレッジシンガーズ

出演
ルチア:高橋 維(11/12) 森谷真理(11/13)
エドガルド:城宏憲(11/12) 宮里直樹(11/13)
エンリーコ:加耒徹(11/12) 大沼徹(11/13)
ライモンド:ジョン ハオ(11/12) 妻屋秀和(11/13)
アルトゥーロ:髙畠伸吾(11/12) 伊藤達人(11/13)
アリーサ:与田朝子(11/12) 藤井麻美(11/13)
ノルマンノ:吉田連(11/12) 布施雅也(11/13)
泉の亡霊:田代真奈美(両日)

問:日生劇場03-3503-3111 
https://opera.nissaytheatre.or.jp/info/2022_info/lucia/