大矢素子(オンド・マルトノ)

オンド・マルトノがもたらす未知の世界との出会い

(c)Hirotada Onaka

 横浜みなとみらいホールの「Just Composed in Yokohama —現代作曲家シリーズ—」は、気鋭の作曲家への新作委嘱と、過去の委嘱作品の再演を軸として開催されてきた名物企画。演奏家自身が選定委員のひとりとして関わることも特色で、今年はオンド・マルトノ奏者の大矢素子が、この楽器の多彩な魅力を味わえるプログラムを届ける。

 「オンド・マルトノという名前すら聞いたことがないという方も多いので、まずは幕の内弁当のように色とりどりの作品を並べて、美味しいところを聴いていただきたいと思いました。それと同時に、ただ楽しいだけでなく、オンド・マルトノの真髄に触れていただけるような、ときに厳しい作品も入れて限界まで挑むつもりです」

表現の多様性に着目

 オンド・マルトノという楽器を語るうえで欠かせない作曲家であるメシアンの「未刊の音楽帖」から演奏会はスタートする。

 「メシアンが書き遺したアイディアを、夫人の“イヴォンヌ・ロリオが編集した”と譜面表紙にも記されています。演奏機会は多くないですが、とても美しい作品です」

 続く坂本龍一の「Rebirth 2」は、映画『レヴェナント:蘇えりし者』のために書かれた作品だ。

 「この映画は、もっとも強烈な場面でメシアンが流れるので印象に残っている方も多いと思います。坂本さんには『レヴェナント』のレコーディングのときに、とてつもなく長い息で演奏することを求められて大変でした。メロディだけでも伝わる独自の色彩感は、まさに坂本ワールドですね」

 2018年の「Just Composed」で委嘱され、今回が編成を変えての再演となる薮田翔一の「祈りの情景」、池辺晋一郎の「瑠璃色の靄——冷たい朝に」では、それぞれ異なるオンド・マルトノの表情を味わうことができる。

 「『祈りの情景』は、初演されたときはバンドネオンとピアノ、サクソフォンという編成でしたが、今回、薮田さんご自身の編曲で生まれ変わりました。“祈り”という言葉どおり優しさに満ちた、透明感のある作品です。それとは打って変わって、池辺さんの『瑠璃色の靄』はヴィオラ(安達真理)とのデュオで、オンド・マルトノの官能性を惜しみなく出した作品です」

注目の新作はソリスティックな三重奏で

 そして今回のプログラムのなかで、大矢がひときわ「厳しい」と感じているのが山本哲也の委嘱新作。1989年生まれ、フランスを拠点に活動してきた山本は、昨年の夏に大矢の自宅を訪れ、はじめてオンド・マルトノに触れたのちに、このたび初演される「目に見えない天使達の囁き—オンド・マルトノ、ヴィオラとピアノのための」を書き上げた。

 「これまでオンド・マルトノ奏者として演奏してきた作品のなかでも異色だと思います。求められる技術も非常に高いのですが、オンド・マルトノ、ヴィオラ(安達)、ピアノ(松本望)の三者が対等な立場で掛け合いをしていくところが新しいなと。タイトルにある“天使”は一般的にイメージされるようなかわいらしい癒しの存在ではなく、もっと超然とした存在。メシアンの《アッシジの聖フランチェスコ》に登場する天使にも通じるイメージを抱きました」

 最後を飾るのは、自身がオンド・マルトノ奏者でもあるトリスタン・ミュライユの「ガラスの虎」。これも楽器の機能と表現力をフルに活かした作品である。色とりどりの作品を通して、未知の音色との出会いを、ぜひお楽しみいただきたい。
取材・文:原典子
(ぶらあぼ2022年2月号より)

Just Composed 2022 Spring in Yokohama ー現代作曲家シリーズー
オンド・マルトノ~魂の詩~
2022.2/26(土)16:00 神奈川県民ホール(小)
問:横浜みなとみらいホール仮事務所チケットセンター045-682-2000
https://mmh.yafjp.org/mmh/