In memoriam ネルソン・フレイレ

Nelson Freire 1944-2021

 現代を代表するピアニストの一人、ネルソン・フレイレが11月1日、リオデジャネイロの自宅で亡くなった。77歳。2年ほど前に転倒して骨折し、療養中だったが演奏復帰は叶わなかった。今年10月のショパン国際ピアノコンクールでは、盟友マルタ・アルゲリッチとともに審査員を務める予定だったが、二人とも辞退したことで、その病状が心配されていた。

Nelson Freire ©Gregory Favre/Decca Classics

 1944年、ブラジルのボア・エスペランサ生まれ。1957年、ベートーヴェン「皇帝」を演奏してリオデジャネイロ国際ピアノコンクールで入賞。その後、奨学金を得てウィーンに渡り、国際的な演奏活動をスタートさせた。リサイタルに加え、ピエール・ブーレーズ、リッカルド・シャイー、シャルル・デュトワ、ロリン・マゼール、クルト・マズア、小澤征爾など世界的な指揮者との共演も多く、ベルリン・フィル、ライプツィヒ・ゲヴァントハウス管、ロイヤル・コンセルトヘボウ管、ロンドン響、パリ管、シカゴ響など、世界各地の著名オーケストラのステージに立った。同じく南米出身で、若き日からの親友であるアルゲリッチとは、日本やブラジル、アルゼンチン、アメリカでデュオとしてツアーをおこなった。

 ドイツ古典派やロマン派を中心に、ショパンやドビュッシーからバルトーク、ヴィラ゠ロボスまで、幅広いレパートリーをもち、レコーディング活動も活発におこなった。ソニー/CBS、テルデック、ロンドンなどさまざまなレーベルに音源を残しているが、とりわけ専属契約を結んだDECCAレーベルでの録音は数多い。シューマン、ブラームス、ドビュッシーのピアノ作品集、リッカルド・シャイー指揮ライプツィヒ・ゲヴァントハウス管とのブラームスの協奏曲、リオネル・ブランギエ指揮ケルン・ギュルツェニヒ管とのショパンの協奏曲など、クラシック・ファンにとって馴染み深い名盤が並ぶ。2019年には、75歳の誕生日を記念して、スカルラッティ、グリーグ、ラフマニノフ、パデレフスキ、ショスタコーヴィチ、アルベニスの作品を新録音で収録したアルバム『アンコール』をリリースするなど、晩年までレコーディングに力を注いだ。
 透明感のあるサウンドとあたたかな詩情あふれる比類なきピアニズムは、常に自然な佇まいで作品の本質を映し出し、世界中のクラシック・ファンを魅了した。