高坂はる香のワルシャワ現地レポート♪9♪
ファイナル結果発表

取材・文:高坂はる香

 第18回ショパン国際ピアノコンクールも審査の全日程が終了し、またこのコンクールの歴史に名を刻む受賞者たちが誕生しました。
 審査結果発表は、予定時刻から2時間半も遅れました。審査員団が降りてきたのは、午前2時。ここまではコンテスタントなしだった発表も、最後は12名のファイナリストが集められておこなわれました。

(c) W. Grzędziński / The Fryderyk Chopin Institute

 冒頭、ショパン研究所所長のシュクレネル氏より、8名が受賞するとのアナウンス。それを決めかねて、こんなに審査に時間がかかったのですね。そして6位から順に名前が読み上げられました。

 優勝は、ブルース・シャオユー・リウさん(カナダ)。そして2位に日本の反田恭平さんと、アレクサンダー・ガジェヴさん(イタリア)。3位はスペインのマルティン・ガルシア・ガルシアさん。小林愛実さんは、第4位に入賞。同じ4位にポーランドのヤクブ・クシリックさんという結果です。
 エネルギッシュで躍動感あふれる音楽でたびたび客席を沸かせていたシャオユーさんが見事頂点に輝きました。これまでとは一味違う、新しいショパンの優勝者という印象です。

(c) W. Grzędziński / The Fryderyk Chopin Institute

 さて、すでに結果が発表されたあとではありますし、最終結果はファイナルだけでなく、すべてのステージを考慮した印象により出されるものではありますが、ここで12名のピアニストたちによるファイナルの様子をざっくりと振り返ってみたいと思います。

第1位 Bruce (Xiaoyu) Liu, Canada ブルース・(シャオユー)・リウ(カナダ)
第2位 Kyohei Sorita, Japan 反田恭平(日本)
第2位 Alexander Gadjiev, Italy/Slovenia アレクサンダー・ガジェヴ(イタリア/スロベニア)
第3位 Martin Garcia Garcia, Spain マルティン・ガルシア・ガルシア(スペイン)
第4位 Aimi Kobayashi, Japan 小林愛実(日本)
第4位 Jakub Kuszlik, Poland ヤクブ・クーシュリック(ポーランド)
第5位 Leonora Armellini, Italy レオノーラ・アルメッリーニ(イタリア)
第6位 J J Jun Li Bui, Canada J J ジュン・リ・ブイ(カナダ)

協奏曲最優秀演奏賞 マルティン・ガルシア・ガルシア(スペイン)
マズルカ最優秀演奏賞 ヤクブ・クーシュリック(ポーランド)
ソナタ最優秀演奏賞 アレクサンダー・ガジェヴ(イタリア/スロベニア)

(c) Haruka Kosaka

 ファイナルでは、ショパンがポーランドを離れる直前の20歳の頃に作曲したピアノ協奏曲第1番、第2番のいずれかを選んで演奏します。ショパンの作品はそのほとんどがピアノソロのための小品や中規模の作品で、多くが心の内を明かすような叙情的なもの。しかしそんなショパンにも、ピアニストとして世界で活躍することを思い描いていた10代の頃がありました。
 オーケストラと華やかなソロパートからなる2つのピアノ協奏曲には、音楽家としての自らの手腕を世の中に知ってもらおうという、血気盛んなショパンの姿も垣間見ることができます。しかしもちろんその音楽の本質は、若い感情を自然に吐露するようなもの…。

 それぞれが思い思いの方法でショパンに近づこうとしたその成果を、若き日のショパンの作品で聴くファイナルステージ。3日間、「若いショパン本人に寄り添っている演奏ってどういうものだろう」ということを考えながら聴いていました。 というのも、このコンクールを通して、演奏から感じられるショパンに対しての立ち位置というのは、実にいろいろだと改めて思ったからです。今回はとくに個性の幅が広かったので。

(c) Haruka Kosaka

 以下はあくまで主観ですが……
 例えば、ショパンの深刻さに共感し、明るく励ますタイプ。
 エヴァ・ゲヴォルギヤンさん(ロシア/アルメニア)は、一本筋の通った音楽、輝かしくクリアな音で1番を奏でました。いわば悩んでいるショパンを励まし、力づけることのできる女友達のような立ち位置でしょうか。
 2番を演奏したアレクサンダー・ガジェヴさん(イタリア/スロヴェニア)は、なつかしい名作映画を観ているような第2楽章が印象に残ります。ショパンの頑固さと自由さを、そのまま音にしていくような演奏。

 そして、ショパンその人にそれぞれの方法で近づいていこうとするタイプ。
 1番を弾いたカミル・パホレッツさん(ポーランド)は、まろやかな優しい音でショパンに寄り添います。ただ、私は一番上のバルコニーで聴いていたこともあって、その音の起伏が聴き取りにくいところもありました。
 ヤクブ・クシリックさん(ポーランド)も1番を演奏。なぜか演奏中、私はこの方の演奏がどんなものかなということより、ショパンその人のことを考えていました。余計なもののない、素朴な美しさのためでしょうか。
 そしておもしろいのが、17歳最年少組の一人で1番を演奏した、J J ジュン・リ・ブイさん(カナダ)。優しく美しい歌が、歌声を愛したショパンを思わせます。若さが出るところもあるのですが、音楽的な落ち着きのほうがより印象に残りました。

(c) W. Grzędziński / The Fryderyk Chopin Institute

 それから、ショパンの悲しみを包み込むようなタイプ。
 レオノーラ・アルメリーニさんは1番を演奏し、ピアノから自分の声を引き出して歌います。明るい笑顔で苦しみも抱いてしまうような音楽が魅力でした。
 小林愛実さんも1番を演奏。その一つ一つの音を慈しむような音楽から、ショパンへの愛情を感じました。演奏を終えて、「思うことはたくさんあるけど、今できることは全部できたかな」と静かに話していました。

(c) W. Grzędziński / The Fryderyk Chopin Institute

 そして、今回のファイナリストに一番多かったように思ったのが、強くて根が明るく、ショパンが愛し憧れたものという立ち位置にいそうなタイプ。
 17歳のハオ・ラオさん(中国)は、豊かな音量、みずみずしい抑揚で1番を弾きました。
 持ち味のピチピチの音で1番を弾いた反田恭平さんは、「このファイナルでは、ここまでのステージで感じたすべての葛藤、感情をさらけ出したいと思って臨んだ」とのこと。力強く、堂々とした演奏。心に思い描いたものを出し切ったステージだったようです。
 マルティン・ガルシア・ガルシアさん(スペイン)は、オーケストラを巻き込んで進んでゆく推進力のある2番。おおらかで明るい魅力があふれていました。

(c) W. Grzędziński / The Fryderyk Chopin Institute

 その意味で少し異色だったのは、2番を弾いたイ・ヒョクさん(韓国)でしょうか。明るくてとにかく幸せな音楽で、ショパンにもこういう若くて幸せな時間があったよね、と思わせてくれるのです。2楽章、あんなにロマンティックな演奏、何を考えて演奏していたのかと尋ねてみたら、「自分の経験に基づくことなんだけど、秘密なんだ」とのこと。いいね。

 そして、優勝したブルース・シャオユー・リウさん(カナダ)。1番の協奏曲を、くっきりとした音、ライヴ感のある音楽で奏であげます。終楽章は期待通り、舞曲のリズムを躍動感たっぷりに演奏。音楽が駆け抜け、聴衆を大きく沸かせました。

 今の時代がこういう明るい音楽を求めているのでしょうか。今回のショパンコンクールの結果を受けて、そんなことを思いました。 すでに結果が発表されたあとでの振り返りとなりましたが、ショパンに愛された優勝者や入賞者たちが、このあとどんな道を歩んでいくのか。その演奏を楽しみにしつつ、見守ってゆきましょう。

(c) W. Grzędziński / The Fryderyk Chopin Institute

高坂はる香 Haruka Kosaka
大学院でインドのスラムの自立支援プロジェクトを研究。その後、2005年からピアノ専門誌の編集者として国内外でピアニストの取材を行なう。2011年よりフリーランスで活動。雑誌やCDブックレット、コンクール公式サイトやWeb媒体で記事を執筆。また、ポーランド、ロシア、アメリカなどで国際ピアノコンクールの現地取材を行い、ウェブサイトなどで現地レポートを配信している。
現在も定期的にインドを訪れ、西洋クラシック音楽とインドを結びつけたプロジェクトを計画中。
著書に「キンノヒマワリ ピアニスト中村紘子の記憶」(集英社刊)。
HP「ピアノの惑星ジャーナル」http://www.piano-planet.com/