ホール・オペラ® ヴェルディ:ラ・トラヴィアータ

サントリーホールが記念の年に用意した極上の《ラ・トラヴィアータ》

*出演を予定していた指揮者のガストン子爵役の小堀勇介は、健康上の理由で稽古への参加が困難となったため、出演を見合わせることとなりました。代わってガストン役には高柳圭が出演いたします。
詳細は下記ウェブサイトでご確認ください。

 開館35周年を迎えるサントリーホールの主催公演で、これまで最も輝いていた企画のひとつがホール・オペラ®だった。すぐれた指揮者のもと、世界最高峰の歌手が適材適所に置かれ、最高水準の演奏が提供されたが、それだけではなかった。

 サントリーホールが始めたホール・オペラ®は、客席と舞台を近づけてくれた。すなわちピットがないので、客席では歌手の息づかいまでが感じられる。また、舞台に上ったオーケストラが奏でる音は、細部まで客席に届けられる。すぐれた演出も加わったうえで、最高の音楽に集中できる最高の環境が整っていたのだ。

 残念ながら、2010年の《コジ・ファン・トゥッテ》で休止となり、16年には《ラインの黄金》が上演されたが、それからもう5年。筆者自身、サントリーホールに「ホール・オペラ®の再開を」と、たびたび訴えてきただけに、復活は心が沸き立つくらいうれしい。

 演目はヴェルディの《ラ・トラヴィアータ(椿姫)》。ホールの記念年にふさわしい王道の選曲だが、よく上演されるだけに難しいともいえる。よほどのキャスティングでないと、聴き手に強い印象が残らない。

 だが、サントリーホールは抜かりがなかった。世界中どこの歌劇場でも、これほどハイレベルでバランスがとれた配役は望めないのではないか。それほどのキャストを揃えたのである。

新世代のスター、マルコヴァのヴィオレッタはじめ
本場をしのぐキャスティング


 ヴィオレッタを歌うズザンナ・マルコヴァは、間違いなく新世代のスターとして、世界のトップを走る逸材だ。筆者は17年にヴェネツィアで、28歳のマルコヴァが歌う《ルチア》を聴いたときの衝撃が忘れられない。

 美しく長身で、舞台に立つだけでオーラを発したが、歌の質もまた、その姿と重なった。少しかげりのある声は美しいのはもちろん、輝く倍音を伴って高貴に響き、超高音にも自然に到達する。なにより、その声は高い音楽性のもと、たしかにコントロールされ、制御された表現のなかで、喜怒哀楽が十二分に表現されていた。

 同時に彼女の意志的な表現には、ヴィオレッタへの適性も感じたが、それを日本で味わえるとは、私たちは恵まれている。

 アルフレードを歌うフランチェスコ・デムーロは、前述の《コジ・ファン・トゥッテ》にも出演したホール・オペラ®ゆかりの歌手だが、その後、あまりに大きく成長した。イタリアらしい明るく澄んだ声で欧米の大歌劇場を席巻し、とりわけ19年にパリで、超難役である《清教徒》のアルトゥーロを歌って勝利を収めてからは、「現代の大テノール」のかけ声も聞こえる。

 ジェルモンを歌うバリトンのアルトゥール・ルチンスキーも、とびきり深い声を格調高く朗々と響かせ、理想のヴェルディ歌いとの評価を高めている。

 これら主役3人に共通しているのが、様式への意識の高さと、楽譜を尊重する姿勢である。ヴェルディの音符と指示に忠実に歌い、喜怒哀楽や情熱は声に添えた色彩やニュアンスで表現する——。真の意味で音楽性と演劇性を両立させる歌手が3人揃ったのは、奇跡のようだ。ちなみにフローラ役の林眞暎も、ガストン子爵役の小堀勇介も、そういう表現ができる歌手である。

 そして、指揮のニコラ・ルイゾッティを忘れてはいけない。かつてホール・オペラ®でモーツァルトの「ダ・ポンテ三部作」を理想的に指揮したマエストロは、ヴェルディのスコアの読みが深いだけでなく、この作曲家ならではの情熱を体現できる点でも、世界最高峰だろう。管弦楽は東京交響楽団というのも頼もしいところだ。

 やっと理想の《ラ・トラヴィアータ》に出会える日は、もうすぐだ。
文:香原斗志
(ぶらあぼ2021年10月号より)

2021.10/7(木)18:30、10/9(土)17:00 サントリーホール
問:サントリーホールチケットセンター0570-55-0017
https://suntory.jp/HALL/