伝説のコンサート「ショパンの旅」でツアー展開中の
及川浩治が語る今の心境
取材・文:伊熊よし子
命を燃やして実現させた企画です
ショパンをはじめベートーヴェン、リスト、ラフマニノフなど幅広いレパートリーで活発な活動を展開している及川浩治が、1999年に初めて開催した「ショパンの旅」のオリジナル版で22年ぶりにリサイタルを開くことになった。これは及川浩治がプログラム、台本、トークなどをすべて考え、ショパンの初期から晩年にいたるまでの作品を幅広く網羅した構成。1999年はショパンの没後150年のメモリアルイヤーにあたり、全国で行われたこのコンサートは“伝説のコンサート”と言われ、3万5000人以上の動員を記録し、ショパン・イヤー最大のイべントとなった。
前年の1998年に大阪のザ・シンフォニーホールからより多くのお客様が楽しめる魅力的なプログラムができないかと相談され、一からこの企画を考えることになりました。ショパンのあらゆる伝記、残された手紙、弟子から見たショパンの書籍など、さまざまな物を読み、自分のなかに知識を取り入れていきました。そしてみなさんが本当に聴きたい曲、知りたい曲などを徹底的に調べ、プログラムを作り上げていったのです。なにしろ企画が通らないことにはコンサートが実現できませんので、文字通り“命を燃やして”考えましたよ(笑)
魅了されているショパンの後期の作品をも入れるなど
納得のいくプログラミング
選曲は初期から最晩年にいたるまで幅広く取り入れ、有名な作品も極力入れる工夫をし、さらに晩年の「子守歌」や「舟歌」、最後のマズルカである作品68-4も選んでいる。
昔からショパンの後期の作品に魅了されているんです。ショパンの絶筆となった最後のマズルカは、自筆譜がとても判読しにくくなっているのですが、エキエル版の最後の部分を復元した楽譜とくらべながら自分のなかに取り入れ、プログラムに加えました。ショパンのことを調べたり読んだりするために膨大な時間を費やし、自分で納得のいくプログラムを作り上げていったわけです。
そのオリジナルのプログラムを22年ぶりに披露するわけだが、この22年間は及川浩治にとってもありとあらゆる経験をし、いろんなことを乗り越え、紆余曲折の時期を経て現在まで歩みを進めてきたことになる。
本当に山あり谷あり、いろんなことがありました。調子に乗ってピアノを弾いていた時期もあり、逆にまったく調子が出ないときもあり、ショパンとのつきあいは自分の人生の縮図のような形になっています。このコンサート後には、何度かオール・ショパン・プロで演奏を行っているため、みなさんによくショパンだけでリサイタルをと希望されるのですが、正直なところショパンばかり弾いていると、やはり辛い曲や悲しい曲が多いのでそれが乗り移り、僕自身の心が病んでしまいそうになるのです。一時期はショパンを弾くのが辛くて、もうしばらく離れたい、ショパンは嫌いだとまで思ったことがあります。
ところが、ほかの作曲家の作品を演奏するリサイタルで、アンコールにショパンを1曲弾くと、「ああ、ショパンってなんて美しいんだ。ショパンはすばらしい!!」という感情がふつふつと芽生えてくるそうだ。
その意味で、ショパンは怖い作曲家ですよ。離れようと思っても、絶対に離れられない。もちろん昔から後期の作品に惹かれてきましたが、最近は年をとったせいか(笑)、若い時代の作品に無性に魅せられるようになったんです。ショパンの若き時代の曲は、悲しみもストレートに表現され、恋心も熱くまっすぐに伝わってくる。なんともみずみずしく、清々しい。僕自身は結構思い詰めるタイプで、曲にひたすらのめり込んでいくため、後期の複雑な感情表現が込められた作品ばかり弾いていると、本当に落ち込んでしまう時があるんです。でも、若い時代の作品はまったくそういう気持ちにはならない。これが最近、ショパンを弾いていて感じる新しい感覚ですね。
音楽家は聴衆の前で弾いてこそ本来の演奏を発揮できるんです
コロナ禍の現在は家でひたすら練習に没頭しているが、やはりコンサートが中止や延期となると、自分の気持ちのコントロールが難しく、平常心を保つのが困難だと実感する。
コンサートが直前になって中止や延期となり、それでも準備だけはきちんとしておかなくてはならないという状態はものすごく辛い。いまは大学のレッスンもオンラインで行っていますが、なかなかうまくいかない。すべてにおいて自己コントロールが重要で、一時期は本当に音楽を聴くことすら苦痛でした。でも、ときどきですがみんなで一緒に演奏する機会があり、それに救われた感じです。やはり演奏することで心が癒される。音楽家は聴衆の前で演奏してこそ、本来の演奏が発揮できるわけで、それが閉ざされてしまうと、心身に影響が出てしまいます。今回は久しぶりのサントリーホールですので、自分のできる限りのことを最大限発揮して演奏に臨みます。
及川浩治にはデビュー当初から取材やインタビューを行い、各地で演奏を聴き続けてきたが、語りも演奏も実に率直で自然体。その正直な生き方が彼のピアニズムとなり、聴き手の心にまっすぐに届けられる。22年の時を経た、成熟したショパンを全身で受け止めたい。
【information】
及川浩治ピアノ・リサイタル「ショパンの旅」1999年オリジナル版
2021.9/26(日)14:00 サントリーホール【販売終了】
問:チケットスペース03-3234-9999
https://www.ints.co.jp/oikawa2021.html
10/31(日)14:00 ザ・シンフォニーホール
問:ABCチケットインフォメーション06-6453-6000
https://www.asahi.co.jp/symphony/
【曲目】
〈オール・ショパン・プログラム〉
ノクターン第20番 嬰ハ短調 「遺作」
ラルゲット(ピアノ協奏曲第2番 op.21 より第2楽章)
マズルカ ホ長調 op.6-3
ノクターン第2番 変ホ長調 op.9-2
エチュード ハ短調 「革命」 op.10-12
エチュード ホ長調 「別れの曲」 op.10-3
ワルツ 変ホ長調 「華麗なる大円舞曲」 op.18
幻想即興曲 嬰ハ短調 op.66
バラード第1番 ト短調 op.23
エチュード 変イ長調 「エオリアン・ハープ(牧童)」 op.25-1
プレリュード 変ニ長調 「雨だれ」 op.28-15
ワルツ 変ニ長調 「小犬」 op.64-1
ポロネーズ第6番 変イ長調 「英雄」 op.53
舟歌 嬰ヘ長調 op.60
マズルカ ヘ短調 op.68-4
葬送行進曲(ピアノ・ソナタ第2番 変ロ短調 op.35 より第3楽章)
子守歌 変ニ長調 op.57
及川浩治オフィシャルWEBサイト
https://www.koji-oikawa.com
※公演の詳細は、上記ウェブサイトにてご確認ください。