1984年の初演以来、藤原歌劇団が35年以上受け継いできた粟國安彦演出のプッチーニ《蝶々夫人》。今回は、NISSAY OPERAとのコラボレーションとして日生劇場で、6月25日・26日・27日の3日間上演される。その26日組のゲネプロ(最終総稽古)を取材した。
(2021.6/24 日生劇場 取材・文:室田尚子 写真:寺司正彦)
本プロダクションは、歌舞伎や新派にも通じる「日本の芝居」の要素を強く打ち出した舞台が特徴。舞台上には何重にも欄間がかかり、舞台奥には長崎の港が描かれた屏風絵がかかる。さらに、蝶々さんとピンカートンの愛の巣となる日本家屋には、植え込みに太鼓橋がかかり、庭では見事な桜が今を盛りと咲き誇る。衣裳も華やかだが派手すぎず、ある種の「たおやかさ」を備えた色彩感が非常に印象的だ。前回はテアトロ・ジーリオ・ショウワで上演されたが、日生劇場の舞台でもこの装置は生える。むしろいい意味で、日生劇場のあの洋風の空間が和の《蝶々夫人》の世界へと塗り替えられた感じだ。
この舞台の中で繰り広げられるドラマはある意味ベタな悲劇なのだが、それを高みへと昇華させているのがプッチーニの音楽であることは論を待たないだろう。今回、ピットにはテアトロ・ジーリオ・ショウワ・オーケストラが入ったが、「流麗さ」という点で少々物足りなさを感じた。前回の《蝶々夫人》でもタクトをとった指揮の鈴木恵里奈は、そのあたりを引き出そうとかなり奮闘していたのだが。まだゲネプロの段階なので、本番ではプッチーニならではの美しく流れるようなハーモニーが聴けることを期待したい。
題名役は、今回がロール・デビューとなる伊藤晴。第1幕ではとにかく可憐で可愛らしい蝶々さんで、美しい舞台の中でもひときわ美しい存在感を示す。第2幕、「人妻」となった蝶々さんは紫色の小紋のような着物に変わるが、そこでも伊藤の蝶々さんは可憐さを失わない。そして可憐であればあるほど、ピンカートンに捨てられるという蝶々さんの「悲劇」が際立つ。ゲネプロなので歌唱そのものに関しての評価は控えるが、それでも歌からドラマを感じさせることができる稀な「プリマ」であると感じた。
ピンカートンは、予定されていた小笠原一規が体調不良で降板。代わって2019年にこの役を演じた藤田卓也が登板。艶のあるテノールで演技もいい。ピンカートンの男としての軽薄さも、それゆえに引き起こした事態に対する後悔も生々しく伝わってきた。シャープレスは若手バリトンの井出壮志朗。たいへんな美声の持ち主で、歌唱に安定感がある。聞けばまだ30代前半だという。今後の活躍が期待されるひとりだろう。
再演演出は久恒秀典。基本的に従来と大きな違いはないが、新型コロナウイルス感染症予防のためのディスタンスは取られている。ただし、特に違和感を持つほどではなく、うまく処理されている。藤原歌劇団の貴重な財産ともいえるこの《蝶々夫人》。日生劇場という新たな場を得て、よりいっそう多くの人々に足を運んでもらいたい演目である。
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【Information】
藤原歌劇団・NISSAY OPERA 2021公演
プッチーニ:《蝶々夫人》(全2幕・イタリア語上演・日本語字幕付)
2021.6/25(金)18:15、6/26(土)14:00、6/27(日)14:00 日生劇場
指揮:鈴木恵里奈
演出:粟國安彦
再演演出:久恒秀典
合唱:藤原歌劇団合唱部
管弦楽:テアトロ・ジーリオ・ショウワ・オーケストラ
出演
蝶々夫人:小林厚子(6/25&6/27) 伊藤 晴(6/26)
ピンカートン:澤﨑一了(6/25&6/27) 藤田卓也(6/26)
シャープレス:牧野正人(6/25&6/27)井出壮志朗(6/26)
スズキ:鳥木弥生(6/25&6/27) 丹呉由利子(6/26)
ゴロー:松浦 健(6/25&6/27)井出 司(6/26)
ボンゾ:豊嶋祐壹(6/25&6/27) 村田孝高(6/26)
ヤマドリ:相沢 創(6/25&6/27)村松恒矢(6/26)
ケイト:吉村 恵(6/25&6/27)北薗彩佳(6/26)
神官:立花敏弘(全日)
問:日本オペラ振興会チケットセンター03-6721-0874 https://www.jof.or.jp/performance/2106_butterfly/