大沼 徹(バリトン)& 吉田貴至(ピアノ/プロデューサー)

映像で発信するオペラの魅力が地域の交流を繋ぐ

 公益財団法人大田区文化振興協会では、公募で集まった区民合唱団と、国内外で活躍する歌手たちとで3年間かけてオペラを作りあげるプロジェクト「TOKYO OTA OPERA PROJECT」を進めてきた。2年目の今年は、オーケストラとオペラ合唱によるガラコンサートを開催予定であったが、感染症対策のため延期とし、合唱メンバーのためのオンライン講座と、プロの歌手によるプチ・オペラガラコンサートの映像配信を試みた。

「大田区には現在、100以上のアマチュア合唱団があり、過去20年以上にわたる区民オペラ制作の歴史もあります。歌が盛んなこの地域の活動を停滞させず繋いでいきたい。その思いから、練習に集まれない間もZoomを利用した言語・発声講座を行うほか、本格的なアリアの映像作品を制作・無料公開することで、エールを送り続けることにしました」

 そう語るのは本プロジェクトのプロデューサー兼ピアニスト吉田貴至。バリトン大沼徹とメゾソプラノ山下裕賀が出演し、《カルメン》や《魔笛》のアリアなど5曲を区民ホール・アプリコで収録した無観客プチ・オペラガラコンサートの映像が、大田区文化振興協会YouTubeチャンネルにて全6回に分けて順次、無料公開されている。

吉田「プロの衣裳、メイク、照明、撮影チームを組み、演奏のみならず美しい映像を追求しました。オペラに詳しい方にも、ネットでたまたま見つけた方にも、広く楽しんでいただけるように、曲についてのトークも盛り込んでいます」

 カメラワークを工夫するために、1曲につき5テイクずつ撮影するという、通常のステージとはまったく異なる本番を経験した大沼は、「もともとは映像収録に対しては懐疑的だった」と語る。

大沼「映像があるなら、もう劇場に足を運ばなくてもいい、という考えが一般的になったら嫌だな、と。しかしプロたちが丁寧に手掛けた映像は、汗が感じられるとてもいい仕上がりで、ご覧になった方はむしろやはり劇場に行きたい、という気持ちが高まるのではないかと思いました。コルンゴルトのオペラ《死の都》のアリア〈ピエロの歌〉の中に、Gaukler(ガウクラー)という言葉が登場します。道化師や旅芸人といった意味で、芸術家が自分を卑下して使った言葉です。『俺はガウクラーだが、魂は忘れちゃいない』と歌うのです。僕自身も、どんな状況下でも“魂”を忘れずに、表現を続けたい。この映像作品の中でも、そうした思いを込めて歌いました」

吉田「プロ・アマ問わず、みんなで合唱やオペラと向かいあう意欲的な大田区の取り組みを、これからも発信し続けたいです」
取材・文:飯田有抄
(ぶらあぼ2020年12月号より)

TOKYO OTA OPERA PROJECT 2020
問:大田区文化振興協会03-3750-1611 
https://www.ota-bunka.or.jp
https://www.youtube.com/c/otabunkaart/featured(配信)