クラシック音楽界挙げての飛沫測定。先に報告書をまとめた“聴衆・楽器演奏編”に続き、“声楽編”の測定が9月26と27日、長野県茅野市の新日本空調技術開発研究所の高清浄度実験室(クリーンルーム)で行われた。クラシック音楽事業協会、日本オーケストラ連盟、日本演奏連盟や全国の音楽ホールなどが新型コロナウイルス感染症に対処した上での公演継続を目指して設立された「クラシック音楽公演運営推進協議会」の主導で新国立劇場、NHKなどが協力した。毎年12月恒例の「第九」(ベートーヴェン:交響曲第9番「合唱付」)公演、特に今年は作曲家の生誕250年にあたり、日本全国のオーケストラ&合唱団がどのような形で開催できるかが「測定の最も近いところに位置するゴール」(中心メンバーの医師・林淑朗氏)と語り、舞台上で飛沫がどれくらい飛ぶのか、歌手同士がどの程度距離を保てばいいのかを検証することを目的として実施され、10月末の報告書公開を目指す。
クリーンルームには前回より1台多い、10台のパーティクルカウンター(微粒子計測器)を配置。交互に1人ずつ空ける“市松模様”の配置も考慮、前後左右だけでなく斜め方向の飛沫への対応度を上げた。新国立劇場合唱団のメンバーを中心とする歌手は男声が大木太郎、中川誠宏、根本秀雄、櫻田亮、女声が岩本留美、塚本紫、肥沼諒子、和田しほりの4人ずつ。日本語、ドイツ語、イタリア語の楽曲それぞれに、1)マスクなし、2)不織布製マスクつき、3)ポリウレタン製マスクつき、4)布製の歌唱用マスク使用、5)透明プラスチックのマウスシールド使用の5パターンの歌唱を繰り返し、飛沫の拡散状態と数のデータを蓄積していく。
マスクの材質や形状にこだわり、何種類も実験に採用した理由には、意外に歌いやすく、本番で使用しても差し支えないものがみつかるかもしれないという期待。また、この程度では飛沫は防げないという警鐘の両面がある。新国立劇場は現在、リハーサルでは合唱団全員にマスク着用を義務付けているが、材質や仕様は個人の自由に任せている。ミラノ・スカラ座が9月4日にミラノ大聖堂でヴェルディの「レクイエム」を演奏した際は管楽器を除くオーケストラ全員だけでなく、合唱団も歌わない部分ではお揃いのマスクを着用、指揮者リッカルド・シャイーも4人の独唱者も演奏が終わった瞬間に同じマスクを即座に着けるカーテンコールで、マニュアル徹底を印象付けた。
政府が公演を厳しく規制する代わり、民間スポンサーが休業補償も買って出る米国などと違い、日本では公演の続行による収益の確保が大前提となる。とりわけ師走の風物詩に定着、売り切れ続出の実績を重ねてきた「第九」は、「開催する」を大前提とする交響楽団が大半だ。団員に高齢者も多いアマチュアでは練習場の「密」、メンバー同士の社交が感染クラスター発生のリスクを高める懸念があるとして、多くのオーケストラがプロ合唱団にシフト、新国立劇場合唱団には9月27日の時点で複数の楽団が「第九」を発注するといった集中が生じている。「第九」の「新しい演奏様式」に目処がつけば、演技を伴うオペラ上演、全国のアマチュア合唱団のリハーサルや本番にも今回のデータが積極的に活用されていくだろう。
実験に参加した歌手に“マスク観”を尋ねると「マスクを着用すると歌いにくいと感じたが、精神衛生上、求められるかもしれない」と語っていた。
取材・文:池田卓夫
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