舞台上でも客席でも「マスクをしていれば、感染リスクは上がりません」
〜クラシック音楽運営推進協議会と日本管打・吹奏楽学会が実験報告書を公表
文:池田卓夫
「クラシック音楽演奏・鑑賞にともなう飛沫感染リスク検証実験」の報告書がまとまった。
実験はクラシック音楽事業協会、日本オーケストラ連盟、日本演奏連盟や全国の音楽ホールなどが新型コロナウイルス感染症に対処した形での公演再開、継続を目指して集まった「クラシック音楽公演運営推進協議会」と一般社団法人の日本管打・吹奏楽学会が組み、2020年7月11日から13日まで、長野県茅野市の新日本空調技術開発研究所の高清浄度実験室(クリーンルーム)で行った。
実験の発端は、感染症の世界的拡大を受けて今年5月以降、ドイツ語圏で先行した演奏現場のソーシャル・ディスタンシング(社会的距離の設定)の目安ーー例えば弦楽器奏者は1.5m、管楽器奏者は2mーーが「演奏の質の担保を困難とし、広く演奏されてきた作品の多くを排除しているのではないか」という疑問だった。6月5日、欧州で最初に演奏会を再開したウィーン・フィルも飛沫の拡散などで独自の可視化実験を行い、「提唱された安全距離は課題なのではないか」と、問題を提起していた。日本国内でも6月11、12日の東京都交響楽団を皮切りに、パーティクルカウンター(微粒子計測器)を用いた演奏時の飛沫測定が本格化した。だが実際のホールの舞台では環境中に多く存在するホコリも同じく微粒子としてカウントされるため、「演奏による飛沫だけを適切に把握することは難しい」との意見が相次ぎ、クリーンルームでの検証実験が計画された。
新日本空調のクリーンルームでは演奏者の直近、前後左右に合計9台のパーティクルカウンターを置き、
1)客席の前後左右:「隣接」と「1席空けた位置」
2)演奏者の前後左右:「従来の距離」と「ソーシャル・ディスタンシング」
それぞれの状況で「飛沫数に差はあるか」を計測した。
対象楽器は木管がフルート、オーボエ、クラリネット、ファゴット、アルトサクソフォン、金管がホルン、トランペット、トロンボーン、ユーフォニアム、チューバ、弦がヴァイオリン、チェロ。さらに「客席」として人間の会話、咳、発声(『ブラヴォー!』など)を再現、ソプラノとテノールの独唱を近日測定する予定の声楽編の「予備実験」として行った。それぞれの楽器あたり3人の演奏者が参加することで個人差に対応し、一人あたり1分間の演奏を3回繰り返した。
いくつかデータを紹介する。客席「ブラヴォー!」の飛沫の微粒子は口元でのみ測定され、マスクを着けると極少化した。フルートも客席と同じ傾向。トランペットは楽器先端部で最も多くの微粒子が出て、前方75cmの測定点でも多めの微粒子が認められた。楽器演奏用に試作されたマスクを使うと、微粒子は激減した。奏者前方160cmの位置にアクリル製の遮蔽板を設置しても、設置しない場合とほぼ同じ測定結果となり、アクリル板の効果を検証することはできなかった。ホルンでは楽器先端部、前方200cmに加え、右側50cmの位置でも高めの計測値が出た。予備段階の歌唱ではソプラノ、テノールとも口元だけで多くの微粒子が計測され、前後左右は少数にとどまった。
報告書には「総論」として、以下の項目が記された。
《客席実験》
マスク着用であれば、「1席空けた着席」でも「連続する着席」でも、飛沫などを介する感染のリスクに大きな差はないことが示唆された。
《楽器別演奏者実験》
●弦楽器・木管楽器・ユーフォニアム・チューバ
従来間隔で演奏した場合でも、ソーシャル・ディスタンシングをとった場合と比較して、飛沫などを介する感染リスクが上昇することを示すデータは得られなかった。
●ホルン
従来の間隔で演奏した場合でも、ソーシャル・ディスタンシングをとった場合と比較して、飛沫などを介する感染リスクが上昇する可能性は低いと考えられるが、換気の確保にはより一層留意することが望ましい。
●トランペット・トロンボーン
前方については、少なくとも200cmの測定点では、飛沫などを介する感染リスクが上昇する可能性は低いと考えられる。左右方向・後方については、従来の間隔で演奏した場合でも、ソーシャル・ディスタンシングをとった場合と比較して、飛沫などを介する感染リスクが上昇することを示すデータは得られなかった。
医師・科学者らのボランティア・チームでは実験室でのデータ収集の限界も指摘したうえ、「《演奏中の飛沫の対策》以外に行う感染対策について」の提言も付記する形で報告書を作成した。
クラシック音楽事業協会
https://www.classic.or.jp/2020/08/blog-post.html