美術品のように磨き上げた音色で巡るピアノの旅
洗練された宝飾品やガラス工芸作品でアール・ヌーヴォーとアール・デコの2つの様式を切り拓いたルネ・ラリック。フランスとトルコを結び、“走る高級ホテル”と称されるオリエント急行には、彼の調度品が多数あしらわれている。
若き日からパリで学び、フランス的感性による表現に定評のある藤井一興の新譜は「ルネ・ラリックの花束と旅するオリエント急行」がテーマ。
「オリエント急行が誕生したのは1883年。当時の人々は、途中下車して食を楽しみながら時間をかけて旅をしました。ロマンがありますよね。2019年に練馬区立美術館からラリックの作品展に関連させた演奏会の提案があり、ちょうどその時フランス国営放送でオリエント急行の特集が放送されていて、結びつけようと思いました。素晴らしい楽器を保有する練馬区民文化センターと、レコーディングにこころよくホールを提供してくださった三室学園50周年記念館に心より感謝しています」
録音は演奏会と並行して行われた。モーツァルトからメシアンまで、幅広い作品で旅をする。
「トルコのコンスタンティノープル(イスタンブール)は、アジアとヨーロッパの分岐点。アルバムは、モーツァルトが、当時力のあったトルコの行進曲に着想を得て、皮肉も交えて書いたソナタから始まります。そして通過点の一つ、ウィーンに生きたシューベルトの即興曲。歌のフレーズが根本にあるので、ピアノで歌わせる表現が大切です」
そしてフォーレの舟歌、ルーセルのソナチネと、フランス作品に移る。
「舟歌はパリの音楽です。というのもフランスは、ロワールやセーヌといった大きな川が文化を発展させた国だから。川がなければ今の私たちはありません。感謝したいですね。続くルーセルは船乗りだった作曲家。作品から、美しい波のリズムが感じられます」
最後は藤井の作曲の師、メシアンの 「幼子イエスに注ぐ20のまなざし」の中から第15曲「幼子イエスの口づけ」。
「生命への感謝、カトリックの本質的な心の歌が感じられます。また主題と変奏からなる曲ですが、これは最初のモーツァルトのソナタも同じ。色々なつながりを考えて選曲しています」
詩的でユニークなコンセプトが魅力だ。
「私、コンセプト人間なんです。そこを決めることでようやくプログラムを選ぶことができますし、またコンセプトにあわせて弾き方を変えていきます。同じドレミでも、音色が変わるのです」
ラリックをテーマとする今回は、磨き上げられたガラス工芸品と「音を磨き上げる」ことの共通点を感じたという。
「音楽って景色や色、香りを思わせ、また、様々な国や時代を旅させてくれるもの。すばらしい可能性を持つアートです。そんなあらゆることを共有できる表現を目指して、一生、研究を続けたいですね」
取材・文:高坂はる香
(ぶらあぼ2020年5月号より)
CD『モーツァルト:ピアノ・ソナタ 第11番
〜ルネ・ラリックの花束と旅するオリエント急行〜』
マイスター・ミュージック
MM-4076 ¥3000+税